- 法定申告期限までに「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」宅地等については,小規模宅地等の特例の適用を受けることができません(租税特別措置法69条の4第4項)。
そうすると,法定申告期限までに遺留分減殺請求がなされた場合には,当該減殺請求の対象とされた宅地等については,共有状態にあり,小規模宅地の特例の適用を受けることができないのではないか,ということが問題となります。
(少し余談によりますが,平成6年度の税制改正前は,小規模宅地等を取得した者の用途は特例の適用の有無とは関係がないこととされており,遺産未分割の状態でも特例の適用ができるとされていたところ,平成6年度改正によりその小規模宅地等を誰が取得するか(事業等を継続する者か否か)によって減額割合がことなるので,相続人間で分割されていることが要件として設けられたとされています)。
- 設問に戻りますが,これは,遺留分減殺請求権を行使したら,その対象となった宅地等は,「共有」とは言っても,どのような法的状態に置かれるのか,という点から考えればよいと思います。
なかなかの難問ですが,次のように考えられないかと思います。
- まず,遺留分減殺請求の法的効果については,上記のように形成権=物権的効果説が通説・判例です。
ただし,減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びるかどうかは別の問題であり,①取得財産は遺産性を帯び,当該財産をめぐる共有関係の解消は最終的には家裁の審判手続によるべきであるとする審判説と,②取得財産は遺留分権利者に確定的に帰属して遺産分割の対象とはならず,その共有関係の解消は地裁の共有物分割訴訟手続によるとする訴訟説に分かれています。
この問題は,減殺請求の対象となる処分行為の内容・性質の問題と絡むので,処分行為ごとに見ていく必要があるとされています。減殺請求の対象となる処分行為は,相続分の指定,遺贈,贈与等があります。遺贈のうち特定遺贈は,相続財産中の指定された特定財産を目的とする遺贈であり,包括遺贈は,包括名義で,すなわち財産を特定せずに相続財産の全体又は分数的割合で表示したその一部を遺贈の対象とするものです。
- そして,最高裁平成8年1月26日判決は,特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないとしました。また,同様に,遺言者の財産全部についての包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合について,これは遺贈の対象となる財産を個々的に掲記する代りにこれを包括的に表示する実質を有するものであるから,同様に,相続財産としての性質を有しないとしました。
一方で,当該判例の射程は,割合的包括遺贈,相続分の指定,相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定,割合的「相続させる」旨の遺言についての遺留分減殺請求権の行使には及ばず,減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びると解する考えが有力です。
- 以上のことからすれば,法定申告期限までに遺留分減殺請求権が行使された場合に小規模宅地の特例の適用ができるか,という問題,すなわち,法定申告期限までに「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」宅地等となるかという問題については,次のように考えればよいと思われます。
①特定遺贈,包括遺贈の場合
上記最高裁判例からして,遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないのですから,「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」という要件に当てはまりません。
したがって,(他の要件を満たせば)小規模宅地等の特例の適用を受けることができると解されます。
②割合的包括遺贈,相続分の指定,相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定,割合的「相続させる」旨の遺言の場合
減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びるとする見解が有力なので,この場合には,遺産分割が未了であり,「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」という要件に該当します。
したがって,小規模宅地等の特例の適用を受けることができないと解されます。
つまり,将来の遺産分割後に特例の適用を受けようとする場合には申告期限後3年以内の分割見込み書を提出しておく必要があります(租税特別措置法69条の4第4項ただし書,第6項)。
(以上については,最高裁平成8年判決に係る調査官解説,片岡武・管野眞一編著『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版)を参考にしました)。
設問の場合は,特定遺贈ですから,(その他の要件を満たせば)遺留分の紛争解決前でも,小規模宅地等の特例の適用を受けられると考えられます。