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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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遺留分減殺請求と相続税申告
(h28/2/19更新)

はじめに


   遺留分減殺請求がなされた場合に,どのように相続税申告をするのかについて,税理士さんから問い合わせがあることがあります。

  よくあるご質問について,私見をまとめてみました。

 

  1.  相続税の申告期限が到来する前に遺留分減殺請求がなされた場合,どのように相続税申告をするのか
     (減殺請求者も相続人等として申告するのか否か)
     
  2.  特定遺贈がされ,相続税の申告期限が到来する前に遺留分減殺請求が当該特定遺贈の受贈者になされた場合に,当初申告において,特定遺贈の対象とされた宅地等について小規模宅地の特例の適用を受けることができるか

    *平成30年の相続法改正によって遺留分侵害額請求権は金銭債権化されたので、2についてはもはや議論自体が成立しなくなっています(別コラムご参照)。以下の2は旧法での議論としてそのまま掲載しておきます(令和4年7月 追記)。

  

設問1(当初申告前の遺留分減殺請求)
  1.  相続税の納税義務者は,相続又は遺贈により財産を取得した個人等です(相続税法1条の3)。

     兄弟姉妹以外の相続人には遺留分が認められており,遺留分減殺請求権は,形成権であって,その権利の行使は受贈者又は受遺者に対する意思表示によってなせば足り,必ずしも裁判上の請求による必要はなく,いったんその意思表示がされた以上,法律上当然に減殺の効果が生じ,目的物上の権利は当然に遺留分権利者に復帰すると解されております(民法1028条,1031条,最高裁昭和41年7月14日判決,最高裁昭和57年3月4日判決等。形成権=物権的効果説)。

     
  2.  そうすると,相続税の法定申告期限前に遺留分減殺請求がなされた場合には,その時点で当該請求者も「相続により財産を取得した個人」として相続税の納税義務者になり,これを前提とした当初申告を行う必要がありそうですが,税務上,そのようには解されていません。
     
  3.  すなわち,相続税法32条は,相続税の更正の請求の特則について規定していますが,同条1項3号は「遺留分による減殺の請求に基づき返還すべき,又は弁償すべき額が確定したこと」とあります。当該条項は,平成15年の税制改正で改正されたもので,それ以前は遺留分減殺請求の時点で更正の請求により課税関係を調整することとされていました。しかし,遺留分減殺請求はその後の調停,訴訟等によって具体的に財産を取得できるのが通常なので,減殺請求時点で課税関係の調整を求めるのは現実的でないことから,上記のように平成15年税制改正で「確定した」場合に調整をすることとされました。このことからすれば,設問のように,法定申告期限到来前に遺留分減殺請求がなされたというだけなのであれば,これを無視して当初申告を行うべきものと解されます。

     また,相続税基本通達11の2―4は次のように定めています。

    「相続税の申告書を提出する時又は課税価格及び相続税額を更正し、若しくは決定する時において、まだ法第32条第1項第2号、同項第3号、法施行令第8条第2項第1号又は第2号に掲げる事由が未確定の場合には、当該事由がないものとした場合における各相続人の相続分を基礎として課税価格を計算することに取り扱うものとする。」

      ここでも,遺留分減殺請求があっても,その減殺の請求に基づく財産の給付すべき額が確定しない場合には,その減殺請求がなかったものとして課税価格を計算するとされています。
     
  4.  なお,国税不服審判所の裁決でも,平成15年改正の前のものですが,「遺留分減殺請求がなされていても、各共同相続人の取得財産の範囲が具体的に確定するまでは、その遺留分減殺請求がなかったものとして課税価格を計算するのが相当であると解され、そのように解しても、取得財産の範囲が具体的に確定した際には、相続税法第32条の更正の請求、同法第30条又は第31条の期限後申告又は修正申告、同法第35条の更正等による是正手段がある以上、不都合はない。」とするものがあります(平成12年6月23日裁決
設問2(小規模宅地等の特例の適用と遺留分減殺請求)
  1.  法定申告期限までに「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」宅地等については,小規模宅地等の特例の適用を受けることができません(租税特別措置法69条の4第4項)。

      そうすると,法定申告期限までに遺留分減殺請求がなされた場合には,当該減殺請求の対象とされた宅地等については,共有状態にあり,小規模宅地の特例の適用を受けることができないのではないか,ということが問題となります。

     (少し余談によりますが,平成6年度の税制改正前は,小規模宅地等を取得した者の用途は特例の適用の有無とは関係がないこととされており,遺産未分割の状態でも特例の適用ができるとされていたところ,平成6年度改正によりその小規模宅地等を誰が取得するか(事業等を継続する者か否か)によって減額割合がことなるので,相続人間で分割されていることが要件として設けられたとされています)。
     
  2.  設問に戻りますが,これは,遺留分減殺請求権を行使したら,その対象となった宅地等は,「共有」とは言っても,どのような法的状態に置かれるのか,という点から考えればよいと思います。
     なかなかの難問ですが,次のように考えられないかと思います。
     
  3.  まず,遺留分減殺請求の法的効果については,上記のように形成権=物権的効果説が通説・判例です。

      ただし,減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びるかどうかは別の問題であり,①取得財産は遺産性を帯び,当該財産をめぐる共有関係の解消は最終的には家裁の審判手続によるべきであるとする審判説と,②取得財産は遺留分権利者に確定的に帰属して遺産分割の対象とはならず,その共有関係の解消は地裁の共有物分割訴訟手続によるとする訴訟説に分かれています。

      この問題は,減殺請求の対象となる処分行為の内容・性質の問題と絡むので,処分行為ごとに見ていく必要があるとされています。減殺請求の対象となる処分行為は,相続分の指定,遺贈,贈与等があります。遺贈のうち特定遺贈は,相続財産中の指定された特定財産を目的とする遺贈であり,包括遺贈は,包括名義で,すなわち財産を特定せずに相続財産の全体又は分数的割合で表示したその一部を遺贈の対象とするものです。
     
  4.  そして,最高裁平成8年1月26日判決は,特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないとしました。また,同様に,遺言者の財産全部についての包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を行使した場合について,これは遺贈の対象となる財産を個々的に掲記する代りにこれを包括的に表示する実質を有するものであるから,同様に,相続財産としての性質を有しないとしました。

      一方で,当該判例の射程は,割合的包括遺贈,相続分の指定,相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定,割合的「相続させる」旨の遺言についての遺留分減殺請求権の行使には及ばず,減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びると解する考えが有力です。
     
  5.  以上のことからすれば,法定申告期限までに遺留分減殺請求権が行使された場合に小規模宅地の特例の適用ができるか,という問題,すなわち,法定申告期限までに「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」宅地等となるかという問題については,次のように考えればよいと思われます。

    特定遺贈,包括遺贈の場合

     上記最高裁判例からして,遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないのですから,「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」という要件に当てはまりません。
     したがって,(他の要件を満たせば)小規模宅地等の特例の適用を受けることができると解されます。

    割合的包括遺贈,相続分の指定,相続分の指定を伴う遺産分割方法の指定,割合的「相続させる」旨の遺言の場合

      減殺請求の結果生ずる法律関係が遺産分割の対象となる相続財産の性質(遺産性)を帯びるとする見解が有力なので,この場合には,遺産分割が未了であり,「共同相続人又は包括受遺者によって分割されていない」という要件に該当します。
     したがって,小規模宅地等の特例の適用を受けることができないと解されます。

      つまり,将来の遺産分割後に特例の適用を受けようとする場合には申告期限後3年以内の分割見込み書を提出しておく必要があります(租税特別措置法69条の4第4項ただし書,第6項)。

 

(以上については,最高裁平成8年判決に係る調査官解説,片岡武・管野眞一編著『家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版)を参考にしました)。

 設問の場合は,特定遺贈ですから,(その他の要件を満たせば)遺留分の紛争解決前でも,小規模宅地等の特例の適用を受けられると考えられます。

終わりに

 

 遺留分減殺請求については,民法上も多数の判例によって複雑な理論構築がなされており,税務上も未解決の問題があると思いますので,申告の前には慎重に法律関係,課税関係を検討する必要があります。

 

追記(h28.2.29)

 以上について,私のお世話になっている方何人かにご意見を聞いたところ,次のようなコメントを頂きました。

 

  1.  税法分野で,以上の最高裁平成8年1月26日判決の適用が問題になった事例として,東京地裁平成25年10月18日判決がある。

    *この事例は,被相続人が2億円超の所得税債務を残したまま死去したところ,被相続人は,原告以外の法定相続人に財産を相続させる遺言を残しており,原告の相続分はゼロと定められたという事例です。原告の法定相続分は10分の1,遺留分は20分の1であるところ,原告は,他の相続人に対して遺留分減殺請求をしました。これに対して,税務署長が,原告は遺留分に相当する20分の1について,上記被相続人の2億円超の所得税債務を承継すると主張しました。
     判決では,上記最高裁平成8年判決からして,特定遺贈,包括遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求した場合に同人に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相続財産としての性質を有しないから,遺言により指定された相続分について遺留分減殺請求によってその内容が修正されるとは解せず,相続させる旨の遺言でも同様であるから,原告が承継する被相続人の租税債務はゼロであるとして,課税処分を取り消しました。
     
  2.  割合的包括遺贈,相続分の指定等では,そもそも一部の相続人(遺留分権利者)に不満がある場合には遺産分割そのものが成立しない。したがって,遺留分減殺請求があろうとなかろうと,そのような事案では,通常,法定申告期限までに遺産が未分割であり,小規模宅地特例の適用要件を満たさない。

    *ご指摘のとおりだと思います。

 

 以上,感謝して掲載させていただきます。