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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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相続法の改正と課税関係その4(遺留分制度の改正)
(r1/10/22更新)

法的性質の変化

 旧民法では、遺留分減殺請求権は、形成権であって、その権利の行使は受贈者又は受遺者に対する意思表示によってなせば足り、必ずしも裁判上の請求による必要はなく、いったんその意思表示がされた以上、法律上当然に減殺の効果が生じ、目的物上の権利は当然に遺留分権利者に復帰すると解されていました。この考えを、形成権=物権的効果説といいます。

 新民法では、遺留分減殺請求権に係る旧民法1031条を削除した上、新民法1046条を新設し、名称を遺留分侵害額請求権とあらため、遺留分権利者が権利行使することにより、受遺者又は受贈者に対して遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができることとしています。

 このような法的性質の変化に伴い、物権的効果説が放棄され、遺留分権利者の権利行使の効果が物の共有から金銭債権の発生となります。

 そして、かかる法的性質の変化は遺留分権行使による課税関係にも影響を与えます。

目的物を共有とした場合に譲渡所得が発生するか
  1. 問題の所在

    新民法では遺留分侵害額請求権を行使すれば、遺留分権利者の、受遺者又は受贈者に対する金銭債権が発生します。目的物は受遺者又は受贈者の単独所有となり、共有となりません。

     しかるに、受遺者又は受贈者に当該金銭債権の支払い能力がなく、別途合意してやはり目的物を遺留分割合に従って共有するとした場合、課税関係はどのようになるでしょうか。
    (事例)
    ・被相続人が、相続人甲に対し、時価1億円(取得費1000万円)の不動産を遺言によって相続、または遺贈させた。
    ・他の相続人乙が甲に対し、遺留分権(遺留分割合は4分の1とする)を行使した。
    ・合意によって、不動産については、甲の持分を4分の3、乙の持分を4分の1とした。

     旧民法では遺留分減殺請求によって不動産は共有となっただけです。したがって、甲は7500万円、乙は2500万円をそれぞれ相続税の課税価格に算入し、相続税を納付するという課税関係で終了します。
     
  2. 新民法の取扱い
     しかし、新民法ではいったん金銭債権(1億円×1/4=2500万円)が発生しており、そこからさらに金銭債権を消滅させて不動産を共有するというように、法律関係を変動させています。
     これは、代物弁済に該当し、譲渡所得が発生するということになりそうです。

     新設された所得税法基本通達33-1の6《遺留分侵害額の請求に基づく金銭の支払に代えて行う資産の移転》からも、原則として譲渡所得が発生することになります。

    「民法第1046条第1項《遺留分侵害額の請求》の規定による遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求があった場合において、金銭の支払に代えて、その債務の全部又は一部の履行として資産(当該遺留分侵害額に相当する金銭の支払請求の基因となった遺贈又は贈与により取得したものを含む。)の移転があったときは、その履行をした者は、原則として、その履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる。」
     
  3. 遺言と異なる遺産分割と見る余地がありそうであること

     しかし、いずれにせよ相続財産である不動産を相続人間で共有することとしただけなのに、旧法と異なり、譲渡所得課税が発生するというのは納税者に酷でしょうし、不相当であると思われます。

     この点について、遺言と異なる遺産分割と同様、譲渡所得は発生しないという見解があります。

     すなわち、国税庁タックスアンサー(No.4176「遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税」)は次のとおり取扱いを定めています。

     「特定の相続人に全部の遺産を与える旨の遺言書がある場合に、相続人全員で遺言書の内容と異なった遺産分割をしたときには、受遺者である相続人が遺贈を事実上放棄し、共同相続人間で遺産分割が行われたとみるのが相当です。したがって、各人の相続税の課税価格は、相続人全員で行われた分割協議の内容によることとなります。なお、受遺者である相続人から他の相続人に対して贈与があったものとして贈与税が課されることにはなりません。」

      これと同様、遺留分侵害額請求を受けた受遺者において、遺贈を事実上放棄し、遺留分権利者との間で目的物を共有とする旨の遺産分割合意をしたとみるのであれば、遺留分侵害額請求に係る金銭債権に対する代物弁済として目的物の共有持分を譲渡したものではない、したがって、譲渡所得は発生しない、とする説明も可能と思われます(なお、上記のタックスアンサーが「遺贈を放棄」するという論理構成を採用していますが、そもそも遺贈は放棄できても(民986条)、相続させる遺言は、あくまでも相続手続であって、家庭裁判所に相続放棄の申述(民938条)をしなければ放棄できないので、「事実上放棄」して遺産分割を行ったという理論構成は採用できないのではないか、という疑問はあります。ただ、課税実務において、相続させる旨の遺言と遺贈の場合とで、異なる扱いをしているとは思えません)。

     上記の所得税法基本通達33-1の6でも、「原則として」履行があった時においてその履行により消滅した債務の額に相当する価額により当該資産を譲渡したこととなる、とされています。ならば、遺留分権利者との合意によって共有となった場合について、単なる代物弁済の合意ではなく、遺産分割合意であると認定できるのであれば、上記通達の「例外」として、譲渡所得課税は発生しないと解してよいように思われます。

     ただし、遺産分割は相続人全員で行わなければならないので、今後の実務において、上記のように譲渡所得課税の発生防止を念頭において共有とする場合には、相続人全員で当該合意をしなければならないことに留意を要するはずです。
目的物を換価して遺留分権利者に支払いをした場合

 実務上、遺留分侵害額請求を受けた受遺者又は受贈者が、目的物を売却し、当該売却資金を原資として遺留分権利者が弁償を受ける、ということがあります。この場合のキャピタルゲイン課税の負担者も、今般の改正による影響を受けます。

 

 すなわち、旧法では遺留分減殺請求権の行使によって共有状態となった不動産を売却したことになるので、売却に係る譲渡所得税債務も相続人が共有持分に応じて負担します。

 しかるに、新法では、受遺者がすべての持分を取得することになるので、遺留分侵害額請求権の行使の有無にかかわらず、譲渡所得税債務を全て負担するということなってしまいます。

 この点についても、実務上、上記のような工夫をして、売却前に、受遺者が遺贈を放棄して、遺留分権利者を含む相続人全員で遺産分割の合意をしたということであれば、共有物を売却したものとして、売却に係る譲渡所得税債務を公平に負担することができるのではないか、と思われます。