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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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民事信託(家族信託)の活用方法と課税関係(その2 信託の法律関係)
(h28/9/1更新)

はじめに

 前回は,総論的に,信託によってできること,注意しなければならないことを書きました。
今回は,そもそも,一般的にあまりなじみがない「信託」とはどのようなものなのかについて,紹介したいと思います。

信託の当事者

 

  1. 「信託」とは,文字どおり,「信じて託する」ことを法律的に規定したものです。

     託す人を「委託者」,託される人を「受託者」と言います。
     託する財産は,「信託財産」です。
     信託を行う理由を,「信託目的」と言います。
     そして,受託者は,信託目的に従い,委託者の定めた「受益者」のために信託財産の管理処分等を行います。信託を行うには,信託契約の方法,遺言の方法等があります。
     
  2.  まとめると,信託では,委託者が,信託財産を,受託者に信託し,受託者は,信託目的に従って,受益者のために,信託財産の管理処分等を行うことになります(以上,信託法2条,3条)。

     委託者=信託をする者。もともと財産を持っている者。
     受託者=財産の管理者。
     受益者=受託者に対して,受益権を有する者。


    委託者S    受託者T

        受益者B

*英語では,信託はtrust,委託者はSettlor,受託者はTrustee,受益者はBeneficiaryです。当事者を表記する際に,委託者をS,受託者をT,受益者をBとすることが多いので,ここでも適宜そのような表記をします。

信託の経済的な実質

  1.  信託によって実際に経済的な利得を得るのは,受益者Bです。

     受託者Tは,信託財産の名義人にはなりますが,受益者Bのために管理・処分等するために名義を有しているだけです。

      このことから,受託者Tは「形式上の所有者」,受益者Bは「実質上の所有者」と呼ばれることがあります。

     
  2.  なお,課税関係は,大原則として,経済的な実質的に着目して課税関係が構築されます。

      したがって,信託の課税関係は,原則的には,「受益者」に所得等が帰属するものとして考えられています(「受益者等課税信託」と言われます。詳細は後の回で解説します)。

自益信託と他益信託

 

  1. 自益信託

     信託では,委託者,受託者,受益者が登場しますが,委託者=受益者であることもあります。 

     委託者が,受託者に財産を預け(信託し),委託者自身(=受益者)のために当該財産の管理処分等を行ってもらうのです。

      この場合,財産の所有者(委託者)が,そのまま受益者として,実質的な所有権を持ったままになるので,「自益信託」と言われます。
     
  2. 他益信託

     一方で,委託者と受益者が別に定められている信託は,「他益信託」といわれます。
     
  3. 自益信託の例

     自益信託のイメージとしては,賃貸マンションを経営している甲さん(委託者)が,自分でマンションの管理をすることが難しくなってきた場合に,信頼できる専門家乙さん(受託者)に,マンションを信託し,乙さんは,マンションを管理して賃料収入を甲さん(受益者)に渡す,といったものがあります。   

受託者の義務

  1.  受託者とは何かを分かりやすくイメージで言えば,「財産を誠実に管理する者」「誠実な専門家」です。

     受託者は善良なる管理者の注意をもって信託事務を処理しなければならず(善管注意義務。信託法29条),受益者のために忠実に信託事務処理等をしなければならず(忠実義務。同30条),利益相反行為を制限され(同31条),受益者が複数の場合には公平に職務を行わなければならず(公平義務。同33条),受託者の固有の財産(固有財産)と信託財産とを分別管理しなければならず(同34条),信託事務の処理状況等を報告する義務があり(同36条),帳簿等を作成する義務があります(同37条)。


     
  2.  このように,受託者は,専門家として委託者から財産を預かり(信託を受け),信託目的に従って受益者のために財産の管理・処分等をすることとされています。

     そうしたことから,信託は,単に委託者と受託者が対等な関係で契約をするというよりも,弱者(委託者)が,強者(受託者)を信頼して,保護してもらうといった側面があるという言われ方もします。

     樋口範雄『入門・信託と信託法』(弘文堂,2007)では,英米法では信託(trust)は契約ではなく,信認関係(fiduciary relation)であり,受託者に依存する関係にあり,受託者は信認義務(fiduciary duty)を負うといった視点が書かれています。同書では,医師・弁護士等の専門家の義務は,単に患者・依頼者との契約の内容だけで決まるのではなく,専門家として信認関係に基づく広範な義務を負うという記載もあります。弁護士が依頼者に対して負う義務は,契約でどう書かれていようと,最善を尽くす義務ですので,以上のように言われるとなるほどと思います。


     
  3.  少し唐突ですが,日本国憲法前文でも,「そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであって」という文言があります(英訳ですと,「Government is a sacred trust of the people」)。

     ここでは国民が委託者(かつ受益者),日本国(政府)が受託者なのでしょう。憲法前文に「信託」という文言が使われていることも,以上を踏まえると味わい深いものがあると思います。


     
  4.  上で,「信頼関係」ではなく「信認関係」というやや耳慣れない言葉を用いましたが,それには理由があります。四宮和夫『信託法(新版)』(有斐閣,1989)66頁には次の記述があります。

    「信託は信頼関係ということができるが,「信頼」の性格が,信託のもうひとつの要素のために変質していることに,注意しなければならない。信託は,委託者の受託者に対する信頼を出発点とする。しかし,一般に,この信頼は,信託設定後は受益者の受託者に対する信頼とされるのであって,この点に既に法の擬制を見ることができる。(中略)信託における信頼は,もはや個人と個人との関係を基礎付ける個人間の心理的事実ないし原理と考えるべきではなく,受託者の更迭にかかわらず存続する信託財産とその機関たる受託者との関係を規律する原理として,理解しなければならない」

     このように,委託者と受託者との信頼関係はあくまでも信託の出発点であって,いったん信託が成立すれば,受託者は信託財産,受益者に対して信認義務を負うことになります。このような建付から,委託者はいったん信託をした以上,勝手に信託内容を変更したり,信託を終了させることはできません(信託法149条,150条,164条)。委託者Sは,いったん信託を行ったら,原則として,自分の設定した信託目的に従って受託者Tが受益者Bのために財産を管理処分等してもらうこととなるので,信託関係に関知できなくなります(例外を定めることはできます)。このように,財産をもともと所有していた委託者といえども,信託内容(すなわち,信託設定時の委託者の意思)に拘束されることを,信託の意思凍結機能といいます。

受益者の権利

  1. 受益者には,「受益権」があります。

    「受益権」には,

    受益債権(信託行為に基づいて受託者が受益者に対して負う債務であって信託財産の引渡しその他の信託財産に係る給付をすべきものに係る債権)と,

    受益債権を確保する権利(受益債権を確保するために信託法の規定に基づいて受託者その他の者に対し一定の行為を求めることができる権利)

    があります(信託法2条7項)。
     
  2.  ①受益債権は,たとえば,信託財産である収益物件の収益を求める権利や,信託終了時の残余財産の分配を求める権利であり,お金の支払いを求める権利と考えれば分かりやすいです。

     ②受益債権を確保する権利は,たとえば,受託者に対する帳簿の閲覧権(信託法38条),受託者が法令等に違反する行為をするおそれがある場合の差止請求権(同44条),検査役の選任申立権(同46条)などがあります。
     
  3.  このように見てくると,実は「株式会社」も信託の一種と言えるのではないか,という印象も受けます。

     すなわち,株式会社は,財産の所有者が,株式会社に当該財産を出資して財産を運用してもらい,その代りに株式を取得します。出資した財産は株主の手から離れて会社のものになります(もちろん,取締役のものでもありません)。株主は,会社に対して,剰余金配当請求権,残余財産分配請求権等の自益権と,会社の経営に参与し,業務執行の監督・是正をするための共益権(議決権,少数株主権(帳簿閲覧権),取締役の行為の差止請求権)を持ちます。

     株式会社の関係者や法的構造について,株主を「委託者かつ受益者」,出資する財産を「信託財産」,株主の権利(株主権)を「受益権」,定款に定めた会社の目的を「信託目的」,株式会社,取締役を「受託者」とする自益信託であると考えれば,株式会社も実は信託的な思想を前提に制度設計されたものであるというような気もします(私は学者ではないので歴史的な経緯は分かりませんが)。

     上の,受益債権,受益債権を確保する権利という用語も,要するに,株主権の自益権と共益権のようなものだと考えればよいのではないでしょうか。受益者が複数の場合に受託者はこれを公平に扱うべしとする公平義務(信託法33条)は,株主平等原則ですね。
     
  4.  余談ですが,一般の方に「信託」について説明し,信託の活用を推奨しても,なかなか理解することが難しいと言われています。
     特に財産の保有者にとっては,名義上の権利が受託者に移転することに対して抵抗感があるのでしょう。
     これも,財産を移転するとしても,自益信託ならその代りに受益権を得るのですから,法人に出資して株式を取得するようなもので財産を間接的に保有していることは変りはないというような説明をすれば,理解が早いのかも知れません。

信託にはどのような方法があるか

  1.    信託法3条は,信託の方法として,(1)信託契約,(2)遺言による信託,(3)信託宣言による信託(自己信託)の3つの方法を規定しています。

    (1)信託契約とは,文字どおり委託者と受託者の契約で信託を設定する行為です。民事信託をする場合には,この信託契約の方法を利用することが多いと考えられます。

    (2)遺言による信託とは,委託者が,遺言によって単独行為として信託を設定するものです。

     注意するべきは,遺言による信託と,いわゆる「遺言代用信託」との違いです。

    遺言代用信託とは,法律上の用語ではありませんが,委託者の死亡の時に受益者となるべき者として指定された者が受益権を取得する定めのある信託(信託法90条1項1号)と,委託者の死亡を始期として,受益者が信託から給付を受ける権利を取得する定めのある信託(同条同項2号)のことをいいます。信託契約を設定し,委託者の死亡後は委託者の子が受益者となる定めをおいておけば,遺言と同じような機能を持つことから,遺言「代用」信託と言われるのです。

     (3)信託宣言による信託とは,委託者が自ら受託者となる信託です(ゆえに自己信託とも言われます)。
     委託者が受託者となるわけですから,信託財産がいわば右手から左手に移っただけなのに,信託の倒産隔離機能等を享受することができます。旧信託法では認められないとする説が通説でしたが,新信託法でビジネス上の利用ニーズがあるといった理由により,立法で明示的に認められました。なお,詐害行為に用いられるおそれがあるため,公正証書等によって設定時期を明確にする必要があります(これにより,たとえば,差押え回避のために,日付を遡って信託宣言をすることが防止されます)。

     なお,民事信託の実務では,親族を受託者とする場合に,いきなり聞き慣れない「信託」の「受託者」となることに躊躇を覚える方もおられるので,たとえば1年間は信託宣言により委託者が受託者として信託業務を遂行し,その実績をもとに安心して親族に新受託者として業務を引き継いでもらう,というような工夫もされていると言われています。

信託の変更

  1.  このような信託を変更することができるのか,誰がどのように変更できるのか,といった疑問も生じると思います。
     
  2.  信託法では,信託は,委託者,受託者,受益者の合意によって変更できる旨規定されています(信託法149条1項)。

     この他にも信託の変更が可能な場合もあり,信託の目的に反しないことが明らかな変更の場合には委託者の同意が不要(同条2項),受託者の利益を害しないことが明らかな変更の場合には受託者の同意が不要(同条3項)というように規定されています。

     なお,以上は任意規定ですので,信託行為で別段の定めを設けることもできます(同条4項)。
     
  3.  委託者から見れば,もともと財産の所有者であったのに,信託後は,勝手に信託を変更することはできない,ということになります。

     このことは,信託の「意思凍結機能」と言われ,委託者といえども,いったん設定した信託目的に反することはできないという拘束を受けます。

      これは委託者にとっては厳しい拘束のようにも見えますが,信託契約で別段の定めをすることもできますし,逆に,このような拘束が法制度として担保されているからこそ,高齢化社会の中で財産の確定的な管理運用,承継が可能となるという側面があります。

終わりに


 今回は信託という法制度がどのようなものかを概観しました。

 次回は,そもそも信託制度がなぜ,どのように発展してきたのかという歴史を紹介し,また,民法等の他の法制度比べて独自性のある信託制度には現実的にどのような機能があると言われているかを見てみたいと思います。