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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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民事信託(家族信託)の活用方法と課税関係(その3 信託の歴史と機能)
(h28/9/  更新)

信託の歴史

  1.  歴史を踏まえる意味
     今回は,信託という制度が発展した歴史的経緯について触れたいと思います。

      この経緯を理解することによって,なぜ,財産を名義と実質に切り分けするようなことが認められているのか,受託者に重い責任が課せられるのかといったことや,なぜ,課税上,信託に対して酷とも言える制度設計がされているのかの理解がしやすくなると思います。

     (以下の記述は,樋口範雄『入門・信託と信託法』(弘文堂,2007)42頁以下,新井誠『信託法(第3版)』(有斐閣,2008)6頁以下,四宮和夫『信託法(新版)』(有斐閣,1989)36頁以下等の専門書からまとめさせていただきました。)

     
  2.  信託の発生

     信託は,イギリスで14世紀ころ発生したと言われています。その成立の理由の一つに封建制度による義務の回避があげられています。

     すなわち,封建制度の下では,領主から与えられた領地を保有する領民は,領主に対して様々な封建的負担(代替わりの承認料,後見料,婚姻料等)を負っていました。

     そして,封建制度が衰退し,領主の権威が弱体化すると,領民は,封建的負担を回避するための行動を取るようになります。
     一つの方法として,形式的に領地を保有しているから領民となり様々な負担を負うことになるので,領地を,名義上,他者に譲渡する形をとり,しかし領地の耕作は引き続き自分がするという方法がとられたと言われています。

     信託の発生,発展は様々な歴史があり,以上のほかにも,十字軍で出征する騎士達が自分の家族のために信頼できる友人に土地を委ねたとか,戦争で敗軍についた貴族が財産を没収されることをおそれて他人に委ねたといった多様な利用がされていたようです。
     
  3.  受託者の義務等の設定

     一方で,土地を名義上譲渡された譲受人が,名義があることをいいことに,譲渡人を裏切って譲渡したりするというトラブルも生じました。

     そこで,もともとの財産の所有者は,裏切った譲受人を国王の裁判所(コモンローの裁判所と言われます)に訴えましたが,書面上は譲受人が所有者なので,訴えは認められませんでした。

     そこで,国王は,裁判所ではなく大法官に問題の解決を委ねたところ,これは,もともとの財産の所有者のために土地の名義を譲り受けたに過ぎないのだから,譲受人の裏切り行為は問題があるという判断が続き,このような事例が集積されて,受託者(名義上の譲受人)は委託者かつ受益者のために財産を保有しているのであって裏切ってはならない等の法理論が形成されていった,とされています(このような大法官の判断は一種の裁判であり,上のコモンローの裁判所とは異なり,エクイティの裁判所と言われます)。

     さらに,受託者の裏切り行為だけではなく,たとえば受託者に対する債権者は,信託財産を差し押さえることはできないといった理論も当時作られていったと言われています。
     
  4.  現在の信託法理論の原型

     以上を踏まえると,まず,委託者が信頼できる受託者に財産の名義を移転して管理してもらい,実質的利益を受益者が受けたいという法的ニーズがあり,これは人々の財産の保全のために法的に認められていたこと,すなわち信託法の基本枠組みが制度として存在したことが分かります。

     そして,このような場合に,名義上の所有者である受託者は,受益者を裏切ってはならないという法理が形成され,今日の受託者の重い法的責任につながっていることが分かります。

     さらに,一方で,もともと信託の発生の一つに領民が領主に対する封建的負担を回避するという動機があったことから分かるように,権力側から見れば,信託は一種の脱法行為にも用いられるおそれがあります。ゆえに,信託法は脱法信託や訴訟信託を禁止しており(信託法10条,11条),受託者に対する詐害行為の取消請求を認め(同法12条),また,課税の面でも信託を抑制するような割り切ったドラスティックな課税関係が規定されています。
     
  5.  小括

     このように,信託制度は,その歴史的発展の経緯から見ても,資産管理を柔軟に行うというニーズと,これが脱法手段に用いられないようにする規制の必要性とのバランスの上に成り立っていると言えるでしょう。

     そうであるからこそ,現在のわが国の法律実務においては,(1)他の民法等の制度では設計できない柔軟な資産管理,資産承継をはかるために信託の活用をはかりつつ,(2)その際には,脱法行為に用いてはならないのはもちろんのこと,それだけではなく,信託に関するドラスティックな課税関係等をきちんと理解し,信託を利用してかえって相談者に不合理な結果とならないような注意をする必要がある,と考えるべきでしょう。

信託の機能

 信託の特殊性から,信託には次のような機能があると整理されています(以下,新井誠『信託法(第3版)』(有斐閣,2008)85頁以下の分類にそって,一部私見も加えました。)。

  1. 財産の長期管理機能

     信託によって,信託財産を長期間にわたって委託者の意思の下に拘束する機能です。さらに次の4つの機能に細分化されるとされています。

    ア    意思凍結機能

     設定時の委託者の意思を,委託者の意思能力喪失や死亡という事情の変化にかかわらず,長期間にわたって維持するという機能です。

      委託者がいなくなっても受託者が信託財産を信託目的にそって維持管理することから,高齢化社会における財産管理制度として信託の利用が有効であると説かれます。

      なお,いったん信託を設定すると,委託者自身もこれを撤回,変更できなくすることも可能です。第1回でのべた,撤回不能型の遺言代用信託(信託で後の受益者を指定すれば,後に勝手に委託者が受益者を変更できないもの。これにより,遺言では実現できない撤回不能な財産承継を行うことができる)は,このような意思凍結機能の現われと言えると考えます。

    イ    受益者連続機能

      信託では,受益者を複数指定して連続して受益権を帰属させることができます。たとえば,当初受益者Aの死亡後はB,Bの死亡後はCというように定めることが可能です。これにより,民法上は理論上不能と言われている後継ぎ遺贈型の財産承継も可能と解されています。

    ウ    受託者裁量機能

      信託で受託者が有する権限は信託目的に拘束されますが,受託者に幅広い裁量権を与えることも可能です。

      同じように財産管理を本人ではなく他者に行わせる成年後見制度と比較すれば分かりよいかと思いますが,成年後見の場合は財産管理処分に裁判所の強い監督が及ぶのに対し,信託では,受託者に広い裁量を与えることが可能です。

    エ    利益分配機能

     信託は,終局的には,当該信託の元本,収益を受益者に帰属させることとなり,利益を受益者に分配する機能があります。

     
  2. 財産の集団的管理機能

     信託には,個々の委託者から信託された特定の信託財産を個別的に管理する形態のほか,不特定多数の委託者から拠出された財産を,一つのまとまった集団として一括して管理運営するという形態があります。

     今回取り上げている民事信託,家族信託は前者の例ですが,ビジネス上の観点から用いられる商事信託は後者の例といえるでしょう。証券会社の投資信託は,後者の典型例です。
     
  3. 私益財産から公益財産への転換機能

     信託によって,私的な財産を広く公共の利益のために活用される公益財産に転換することもできます。
     
  4. 倒産隔離機能

     信託を見るときに非常に重要な機能です。

     信託財産は,信託設定後は委託者のものではなくなります。また,受託者の固有の財産でもありません。

     信託財産は,誰のものでもない財産であるということで,Nobody’s propertyと言われることがあります。

      その結果,受託者個人の債権者は受託者名義となっている信託財産を差し押さえることはできませんし(信託法23条),委託者が破産しても信託財産は委託者の破産財団に属しませんし,受託者が破産しても,信託財産は破産財団に属しません(信託法25条)。

      このように,信託財産は,関係者の倒産から隔離されているのです。

終わりに

   次回では,信託に伴う課税関係について整理したいと思います。