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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾
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税のしるべ(令和8年4月6日)に、「債務免除益訴訟 弁論を開催へ」という記事が掲載されていました。
【*令和8年6月23日に、最高裁第三小法廷にて、原判決破棄差戻しの判決が言い渡されました。一読した印象を、下に追記しました(令和8年6月24日加筆)。】
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本件について、専門誌に私見を寄稿したことがあります(「一部の分割金の支払後に残債務を債務免除するとされた債務を承継した相続人が残債務の債務免除を受けたことと一時所得該当性」(税研 2025年1月号・No.239))。
事案はやや複雑なのですが、上記の、「被相続人と金融機関との間の裁判上の和解により、一部の分割金の支払後に残債務を債務免除することとされた債務」というのは、①平成5年に認知症に罹患していた個人Aの名義でその子B(本件の被相続人)が銀行から16億円を借りてマンションを購入したところ、②価値が低下して借入金の支払いができなくなり、銀行がAを被告として平成14年に訴訟を提起したが(Aは訴訟中に逝去しBらが承継)、③平成16年にBらと銀行との裁判上の和解が成立し、16億円の債務の存在は確認しつつ、Bが銀行にマンション売却代金相当額(価値が低下しており約4億円)その他の分割金の支払いをしたら、残額(約9.7億円)は債務免除することとしていた、というもののようです。
そして、Bが平成26年に逝去した後に、その相続人は銀行に分割金の支払を終え、平成28年に債務免除(約9.7億円)を受けました。課税庁は、当該債務免除益が一時所得に該当するとして所得税の更正処分を行いました。
上記のとおり、地裁判決はこれを一時所得に該当するとしました。高裁判決は、最高裁平成22年7月6日判決(いわゆる長崎年金二重課税事件)と同様、所得税を課すことはできないとして納税者勝訴としました。
私見としては、地裁判決、高裁判決の論理はいずれも疑問があります。
すなわち、地裁判決の事実認定からすると、平成16年の裁判上の和解の際に裁判所が見解を示しており、平成5年の16億円の貸付け当時、Aは認知症で意思能力を欠き、BにはAの代理権がなく、貸付やマンションの売買契約の効果はAに帰属しないことが示されていたとのことです。
そうだとすると、Aは、金銭消費貸借契約に基づいて貸付金(16億円)の返還義務を負うのではなく、法律上の原因なく他人の財産によって利得を受けた者として、不当利得返還義務を負うに留まるはずです。
そして、Aは善意の受益者でしょうから、銀行より訴訟を提起された平成14年当時、民法703条に基づき、「その利益の存する限度」(現存利益)についてのみ返還義務を負っていたものと考えられます。したがって、Aには16億円の返還義務はなく、価値が低下したマンションの時価(約4億円)の限度でしか、債務を負っていません。
だからこそ、平成16年の裁判上の和解で、一定の金額を支払ったら残額(諸々の計算等により、約9.7億円)を債務免除するという和解となったと思われますし、その後、法形式上は債務免除がなされたとしても、そもそもその残額の債務は法律上の義務がなかった債務なので、これを債務免除しても、税務上の所得にはならないはずであろう、というのが私見です。
要するに、債務免除という私法上の法律行為は、基本的には税務上も所得を発生させるのでしょうが、一定の場合には発生させないこともあり、本件はその場合に該当するのではないか、ということです。
したがって、今後の最高裁の判決は、地裁判決、高裁判決と全く異なる理由により納税者勝訴判決となるのではないか、と考えています(ないしはさらに事実認定を尽くさせるべく破棄差戻し)。
(*ただし、平成5年当時の事実認定の問題として、やはりAには貸付やマンションの売買契約の効果が帰属しており16億円全額の支払いをする法的義務があったということであれば、本件の債務免除については一時所得の課税対象となると思います(高裁の論理は、最高裁平成22年判決の射程外であろうと考えます)。)
本件は専門家の間でも注目されており、以上の拙い予測があたるかどうか分かりませんが、最高裁がどのような判断をするのか、興味深いです。
令和8年6月23日に最高裁第三小法廷にて、原判決破棄差戻しの判決が言い渡されました。
まず、高裁が採用した、所得税法9条の二重課税の排除の論理は採用できないとされています。
補足意見が二つ(平木裁判官、沖野裁判官)、反対意見が一つ(石兼裁判官)が付されているという珍しい判決となりました。石兼裁判官は高裁の論理が採用できるとしていますが、他の裁判官はそうは考えなかったということです(平木裁判官の補足意見、沖野裁判官の補足意見1項はこれに対応しています)。
沖野裁判官の補足意見2項は、今後、議論の対象となると思います。
まず、結論として、
「多数意見は、本件における本件規定の適用について判断したものであって、本件場合における相続人の債務免除益の所得該当性について、肯定、否定いずれの判断をしたものでもない。」
としています。地裁は所得該当性を肯定していますが、さらに審理を尽くすべきとしました。
ここまでは本件の最高裁判決の多数の意見です。
一方で、沖野裁判官の補足意見は、独自の悩みも記載しているものと理解しました。
以下、私なりに整理を試みます。
A:沖野補足意見2項(1)は、高裁判決は、同一の債務の負担に関する担税力への影響についての評価が相反する(相続税では確実な債務ではないとして担税力を減殺させるものではないとしつつ、所得税では債務免除によって担税力が増加するとする)ことを問題視したと考えています。そして、高裁判決のように、その問題意識を所得税法9条1項16号で解決することはできないが、債務免除益に対する所得税課税の根拠との関係では別途考慮することもあり得るのではないかとしていると思われます。
そのような考え方は、「相続税は一種の所得税であり両者は共通する性格を有するという理解の下、具体的な事象の評価及び扱いを統一的、共通的に行うべきであり、相続税の課税において債務控除の対象とならないとの評価及び扱いがされた場合、所得税課税において同様の評価及び扱いがされるべきであることを前提としている。」としています。
B:一方で、沖野補足意見2項(2)は、「しかし、所得税と相続税に上記のとおり共通する性格を有する面があるとしても、相続税法は、本来は相続人等の所得税の課税対象となるべきとも考えられる相続財産の取得について、所得税法とは別個に、固有の課税体系を設けているのであって、特別の規定がない限りは、具体的な事象の評価及び扱いは、それぞれの領域ごとに独立してされるべきであるとの考え方もあり得る。」とし、そうすれば、本件債務について免除の効力が生じることについて、所得税法上の観点から担税力があると評価することが妨げられることはないと考えることもできる、としています。
私見としては、課税の正当化根拠となる「担税力」は税目ごとに異なるのですから、所得税課税における担税力と相続税課税における担税力は別異に解されるべきであって、Aのようには解せないであろう、と思います(「担税力」という言葉をマジックワードのように使っても説得的な法解釈論にならない)。
そのうえで、沖野補足意見の悩みは続きます。
すなわち、「上記⑴では、借入金債務の免除との対比においては、包括承継の一部として債務免除に係る債務を相続人が負担している点を捉えて、一方に当該債務を含む相続債務の承継・負担があり、他方に相続財産(積極財産)の取得があると捉えたものであるが、」としつつ、
「これに対し、当初の借入金債務と借入金の承継に着目することも考えられるのかもしれない。もっとも、そのような考え方による場合には、当初の借入金による経済的価値と借入金債務とを相続人がどのように承継しているのかが問題となり、本件のように和解契約を経ている場合には、借入金からの財産の変遷とともに、借入金債務についても和解契約(裁判上の和解)による変容があり、それらをどうみるのかという問題も生じ得るように思われる。」
としています。
「当初の借入金債務と借入金の承継に着目する」ということが具体的にどのような点にどのような論理で着目し、それが所得税課税にどのように影響するということなのかは、率直に言って、これを読むだけでは私には分かりませんでした。
本稿の上部に書いた私見は、当初の「借入金債務」自体が、実は「借入金債務」ではなく「不当利得返還債務」に過ぎないのではないか、という着目なのですが、沖野補足意見にそのような含意があるのか、分かりません。
(最高裁判決の本文には、地裁判決の事実認定のように、平成16年の裁判上の和解の際に裁判所が見解を示しており、平成5年の16億円の貸付け当時、Aは認知症で意思能力を欠き、BにはAの代理権がなく、貸付やマンションの売買契約の効果はAに帰属しないことが示されていた、といった事実は記載されていません。ここは純粋に事実認定の問題なので、Aが金銭消費貸借契約の当事者として借入金債務を負うというのが本件での正当な事実認定なのであれば、以上の私見は前提を欠くことになります。)
むしろ、沖野補足意見は、「当初の借入金による経済的価値と借入金債務とを相続人がどのように承継しているのかが問題とな」るとしており、相続による承継を所得税課税における何らかの考慮要素としているようにも読めます。ただ、そこに従来の所得税課税の理論体系からしてどのような考慮が働くのか、まだ私にはつかめていません。
沖野補足意見2項(3)は、以上を記述した後、「そもそも、債務免除益に係る所得税課税の根拠及び要件については様々な議論がある上、本件におけるような相続が関わる場合の相続債務との関係については、従来、十分な議論がされてきたとはいい難い。」として、今後の議論に期待しているように見えました。本件の事実関係のもと、形式的には債務免除という法形式を取っていることが所得課税の対象となるのかは、さらに裁判所、租税法学者、実務家で検討してほしいというメッセージとも読めると思われます。
ということで、本件の決着はまだまだ先に延ばされた、というのが最高裁判決や補足意見等を一読した印象です。