弁護士による税務紛争対応(再調査の請求・審査請求・税務訴訟,税務調査)
 

〒104-0045
東京都中央区築地1丁目12番22号 コンワビル8階
本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

TEL 03-5550-1820

 

民事信託と空き家特例
(R7/6/4更新)

はじめに
 近時、民事信託の専門家の間で話題になっている論点があります。

 民事信託を利用して不動産を承継させた場合に、税法上の空き家特例が利用できないということについてです。

空き家特例(租税特別措置法35条3項)とは、相続または遺贈により取得した被相続人居住用家屋または被相続人居住用家屋の敷地等を売却した場合で一定の要件に当てはまるときは、譲渡所得の金額から最高3000万円まで控除することができるというものです。
 

 東京国税局は、この問題についての事前照会への回答(令和4年12月20日付け文書回答事例)として、信託契約における残余財産の帰属権利者として取得した土地等の譲渡の場合には、空き家特例が適用できないとしています。

 私も、現行法の解釈論としては、適用できないと考えます。

 その理由は、東京国税局の回答にもあるように、条文の形式的な建て付けとして、

 ①信託契約などにより信託の受益権を取得する行為や、信託が終了し残余財産が権利者に移転した場合などについては、法律上の「贈与」又は「遺贈」には該当しないところ、
 ②これらは実質的には贈与又は遺贈と同様の効果をもたらすことから、相続税法においては、これらの取得又は移転などについて贈与又は遺贈による取得とみなして相続税又は贈与税の課税対象とする措置が講じられている(相続税法第9条の2)が、
 ③租税特別措置法には一般的にこのようなみなし規定はおかれておらず、みなす場合には個別の特例ごとに規定しているところ(例えば措置法第39条《相続財産に係る譲渡所得の課税の特例》に規定する特例は、相続税法の規定により遺贈等による財産の取得とみなされる場合を対象に含むとしている)、
 ④空き家特例について規定した租税特別措置法35条3項にはこのようなみなし規定がないから、
 ということになります。

 それでは、解釈論ではなく立法で空き家特例の適用を認める、という方向は考えられないのでしょうか。

 

 

 

 

東京国税局が述べる根拠

 この点、東京国税局の回答では、以上の条文の文理解釈に加えて、

 「本件特例は、相続人が、相続により、その意思の如何にかかわらず、被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うこととなることを踏まえた趣旨の下、適用対象者を相続人に限定し、かつ、「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」をした場合に限り適用すると規定したものであると考えられるところ、信託終了による残余財産の取得は法律上の相続又は遺贈には当たらず、受託者(照会者)は信託行為の当事者であること、信託行為の当事者ではない帰属権利者は、その権利を放棄することができること(信託法183③)を踏まえると、上記本件特例の趣旨の下では、帰属権利者による残余財産の取得を相続人による相続又は遺贈による財産の取得と同様に取り扱うことは相当ではないと考えられます。」

としています。

 この内容からすると、立法論としても、信託契約における残余財産の帰属権利者の場合には、権利を放棄することができるのであるから、空き家特例の適用を認めるべきではない、ということになりそうです。

検討

 しかし、そのように考えるべきかは疑問です。

 まず、現在の租税特別措置法35条3項においても、相続人に対する特定遺贈は、「相続又は遺贈による被相続人居住用家屋等の取得」から除外されていません。相続人以外が特定遺贈を受けた場合には適用できませんが(包括遺贈は適用可能)、相続人が特定遺贈を受けた場合には適用可能です。

 そして、相続人に対する特定遺贈においても、当該相続人(受遺者)は、いつでも、遺贈の放棄をすることができる(民法986条)のであり、権利を放棄できることが空き家特例の適用対象外とするべきことの決定的な根拠となるとは考え難いと思われます。

 そうであれば、東京国税局の回答で、「本件特例は、相続人が、相続により、その意思の如何にかかわらず、被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うこととなることを踏まえた趣旨の下」、「信託行為の当事者ではない帰属権利者は、その権利を放棄することができること(信託法183③)」等を踏まえて特例の適用を否定する実質的根拠と記述していることが、果たして正当なのかという疑問を生じさせます。

  空き家特例に係る立法趣旨の説明(DHCコンメンタール)の解説を見ても、本特例は、「譲渡をした個人の居住用財産の処分(租税特別措置法35条1項)ではないものの、空き家の発生を抑制することで、地域住民の生活環境への悪影響を未然に防ぐという観点」から特別控除を認めるとされているだけであり、相続人が意思の如何にかかわらず管理の責任を負う、といった趣旨は記述されていません。

 空き家特例が創設された平成28年度税制改正の解説でも、「周辺の生活環境に悪影響を及ぼし得る空き家の数は、毎年平均して約6.4万戸のペースで増加していますが、そのうち約4分の3は昭和56年5月31日以前の耐震基準(いわゆる「旧耐震基準」)の下で建築されており、また、旧耐震基準の家屋の約半数は耐震性がないものと推計されています。こうした空き家の発生を抑制することで、地域住民の生活環境への悪影響を未然に防ぐことが課題となっています。」という状況を踏まえて制度を創設したと書かれているだけです。

 さらに、令和7年3月24日の参議院財政金融委員会では、信託の場合でも空き家特例が適用できるようにすべきではないかという点が議論され、現行法では適用ができないことを国税庁の政府参考人が述べています。そこでも、上記のように、空き家特例を規定した租税特別措置法35条3項には信託を相続等をみなす規定がないから適用されない、という条文の文理解釈に沿った答弁がされているだけであり、東京国税局が述べる根拠については言及されていません(同議事録の215番の発言)。

 空き家特例の適用が相続人(と包括受遺者)に限定されたのは、相続人以外の者が特定遺贈によって取得した場合にまで特例の適用を認めると、相続人以外の適宜の者に特定遺贈をするスキームによってキャピタルゲイン課税を不合理に免れることができてしまうから、適用対象者を被相続人と一定の関係のある者(相続人(及び包括受遺者))に限定した、ということであろうと思います。

 これに加えて、東京国税局の回答にあるように、「相続人が、相続により、その意思の如何にかかわらず、被相続人居住用家屋等の適正管理の責任を負うこととなることを踏まえた趣旨」があるとは、すなわち、相続人(及び包括受遺者)という属性の限定に加えて、さらに、意思にかかわらず被相続人居住家屋等を取得して適正管理の責任を負う場合に(いわば二重に)限定する趣旨があるとは、読み取ることができないと思われます(だからこそ上記国会答弁でもそのようなことには言及されていないと考えます)。

まとめ

 以上のことからすると、現行法の解釈論としては無理がありますが、立法論としては民事信託の場合にも、相続人が残余財産受益者、帰属権利者の場合には、空き家特例の適用を認める方向で議論が進んでいく可能性があるように思われます。