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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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信託型ストックオプションと国税庁の見解の公表
(r5/5/31更新)

国税庁の見解の概要

 既に各報道がなされているように、国税庁は、いわゆる信託型ストックオプションについての課税の取扱いを明示しました(「ストックオプションに対する課税(Q&A)」)。

 信託型ストックオプションについては、上記Q&Aの問3において、


「税制非適格ストックオプション(信託型)については、
 ・ 信託が役職員にストックオプションを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」との見解がありますが、
 ・ 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。」
 
 と説明されています。

  法文としては、所得税法36条《収入金額》1項、2項は金銭以外の経済的利益についても収入金額とするべきこととしつつ、所得税法施行令84条《譲渡制限付き株式の価額等》3項2号は、「発行法人」から、「新株予約権(当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若しくは金額であることとされるもの又は役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるものに限る。)」で権利の譲渡についての制限等が付されているものを与えられた場合には、権利行使日の株式の価額(から所定の金額を控除した金額)を所得税法36条2項の経済的利益とする旨が規定されています。この規定の適用があれば、権利行使日に給与所得課税の対象となります。

  この点、信託型ストックオプションは、形式的にいえば、ストックオプション(新株予約権)を役職員に付与しているのは発行法人ではなく信託の受託者(信託会社)であること、受託者が時価でストックプションを取得していることから、上記所得税法施行令84条3項2号に該当せず、権利行使日には役職員の給与所得課税の対象とならないという見解があります。この見解は、受益者として受託者から信託財産(ストックオプション)を帳簿価額で引き継いだ役職員(所得税法67条の3)が、権利行使して取得した株式を売却した時に分離課税の譲渡所得として譲渡益に課税(税率約20%)されるという結論につながります。

  一方で、国税庁は、スキーム全体を実質的に考慮し、ストックオプションを付与しているのは発行会社であり、これを付与されるのは(受益者として指定された)役職員であり、役職員は付与時に金銭等を負担していないと見て、上記所得税法施行令84条3項2号に該当し、税制適格ストックオプション(租税特別措置法29条の2)に該当しない限り、権利行使日に給与所得課税(最大税率55%)の対象となるとする見解を公表したものと解されます。
 

  

今後の対応等

 事実認定ないしは条文の解釈、適用の問題であるので、最終的には裁判所の判断となります。

 報道によれば信託型ストックオプションを廃止し、税制適格型に移行した会社もあるとされています。

  国税庁の見解を前提にする限り、過去に権利行使した役職員がいる場合には、企業において源泉所得税の納付が必要となります(所得税法183条)。

   また、源泉所得税に係る不納付加算税(10%。自主納付の場合には5%。国税通則法67条)の納付も必要となります。

 問題は、過去に権利行使した役職員が既に企業を退社している場合ですが、源泉所得税の法律的建て付けからすれば、源泉所得税の納税義務者は企業であり、国が直接役職員に納税を求めることはできません(最高裁昭和45年12月24日判決、最高裁平成4年2月18日判決)。

  そうすると、企業としては、国に対して、税務署が直接に退社した役職員に税務調査をして納税するように求める、ということはできず、いったん企業が源泉所得税を納付し、後に(退社した)役職員に請求をすることになります(所得税法222条)。退社した役職員から回収することができないこともあるでしょうが、そのリスクは企業が負うことになってしまいます。

 なお、所得税基本通達194~198共-1、2は、扶養控除申告書等に誤りがあって源泉徴収不足額があった場合に、企業に過失がなく、徴収不足額を徴収して納付することができないことについて正当な事由がある場合には強いて追求しないものとするとしています(なお、この通達は源泉徴収制度にそぐわない(扶養控除申告書に誤りがあった場合にはそもそも企業に源泉徴収義務は生じない)と解すべきだと思われますが、その点は置きます)。
  信託型ストックオプションでも、巷間、源泉徴収義務はないと言われていたのであり、企業が源泉徴収をしていないことに(少なくとも)大きな過失はないように思いますが、当該通達は扶養控除申告書等に誤りがあった場合を想定したものなので、国税庁としては今回のケースには適用を認めないと思われます。

 なかなか悩ましい問題ではありますが、今後の展開が注目されます。