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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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非居住者の行う先物取引等のデリバティブ取引についての課税(令和4年度税制改正大綱)
(r4/1/18更新)

はじめに

 わが国の所得税法は、個人を居住者(国内に住所を有し、又は現在まで1年以上居所を有する個人)と非居住者(居住者以外の個人)に分け(所法2条1項3号、4号)にわけて課税所得の範囲を区別しています。

 そして、非居住者については、恒久的施設(国内にある支店等。所法2条1項8号の4)を有しない場合には、一定の「国内源泉所得」(所法161条)が課税所得となり課税されます(164条)。

 したがって、「国内源泉所得」は、非居住者がわが国の所得税の納税義務を負うか否かを判断する基準なります。わが国の課税権は、居住者に対してはその全世界所得に対して及ぶ一方で、非居住者については、その所得に対して課税することを正当化するだけの、わが国との何らかの結びつきが必要であるところ、「国内源泉所得」といえる所得であれば、このような課税の正当性があると考えられるので課税する、という建て付けとなっています。

 とはいえ、「国内源泉所得」という概念はあいまいです。国際課税の分野では国内源泉所得該当性がしばしば問題になります。

 ここでは、日本国内に恒久的施設を有しない非居住者が、日本の証券会社を通じてFX取引や先物取引等のデリバティブ取引を行った場合を取り上げます。 当該論点が問題になる事案について、訴訟代理人として税務訴訟(取消訴訟)を提起していましたが、令和4年度税制改正大綱(80頁)によって、「金融商品取引法に規定する市場デリバティブ取引又は店頭デリバティブ取引の決済により生ずる所得は、所得税法及び法人税法に規定する国内源泉所得である「国内資産の運用・保有所得」に含まれないことを法令上明確化する」とされ、国税庁は従前の取扱を変更する旨を明らかにしました(令和4年1月 国税庁「クロスボーダーで行うデリバティブ取引の決済により生ずる所得の取扱いについて」)。

 

  

課税庁の主張
  1.   課税庁の主張は、これらのデリバティブ取引に係る「契約上の地位」が資産であり、「国内の資産の運用又は保有により生じた所得」(所法161条)であるとして国内源泉所得に該当する、というものです。

      国税不服審判所の裁決レベルでもいくつか事例がありますが、公表されているものとして、平成31年3月25日裁決(FX取引が問題になった事例)をご参照ください。
     
  2.  本論点については、長らく、課税庁は特段の課税をしてきませんでした。

      一方で、課税庁の立場から、このような非居住者にも課税することができるのではないかという問題を提起する論文が、税務大学校論叢にて平成19年に公表されました(中村隆一「国内源泉所得の研究―国内源泉所得の1号所得における「資産」概念―」(税大論叢55号)。以下、「中村論文」といいます。)。

     そして、ここ数年、おそらくはこのような中村論文の発想も踏まえて、課税庁が課税を実行しています。
     
  3.  条文の建て付けをみておくと、所法161条は、事業又は資産から生ずる所得という包括的な所得類型に係るソース・ルール(包括的ソース・ルール)を定め、また、ここから源泉徴収になじむものを取り出し、個別的な所得類型に係るソース・ルール(個別的ソース・ルール)を定めています。後者の例としては、一定の利子等や配当等がありますが、先物取引に係る所得は定められておりません。

      したがって、先物取引に係る所得は、個別的ソース・ルールには明記されていなくても、包括的ソース・ルールに該当するものとして、わが国で申告納税する必要があるのかが争点となります。
     
  4.  税務訴訟での課税庁の主張の概要は次のとおりです。

    (1) 所法161条1号(平成26年度税制改正前。以下同様)に規定する「資産」とは、その「運用、保有若しくは譲渡により生ずる所得」の基因となるものが広く含まれるものであり、経済的価値を有する契約上の権利や地位などを広く含む概念である。

    (2) 原告が証券会社を通じて行った先物取引によって生じた先物所得は、原告が、新規で買付け又は売付けを行って建玉を立てることにより、反対売買による決済をして差益を得る可能性のある権利(換言すれば、未決済取引に係る契約上の地位)を取得し、当該権利を行使して決済すること又は最終決済が行われることによって生じた所得であり、上記権利は、これを行使することにより差益を生じさせ得るものであるから、所法161条1号に規定する「資産」に該当する。

    (3) 先物取引に係る委託契約は、原告が国内に所在する証券会社の本店を通じて締結したものであり、先物取引に係る資産(契約上の地位)の所在地は「国内」であると考えるべきである。なぜならば、所法161条1号の資産の所在地の判断は、同号1号の2以下の各号の国内源泉所得の国内源泉性の判断方法を参照することが可能であると解すべきであり、所法161条10号(生命保険会社又は損害保険会社の締結する保険契約その他の年金に係る一定の契約に基づいて受ける年金(いわゆる利殖年金))、同条11号ハ(抵当証券の利息)、ニ(金投資口座の差益)及びヘ(一時払養老(損害)保険の差益)と同様に、国内にある営業所又は国内において契約の締結の代理をする者を通じて締結した契約に係る権利により生ずる所得であれば、その運用又は保有により生ずる所得は、その権利は国内に所在する資産であるとして、国内源泉所得に該当するものと解することができるからである。
課税庁主張についての疑問

 しかし、課税庁の主張には次のような疑問があります。

 

  1.  「資産」に該当するのか

     国際課税の分野において、「国内源泉所得」という概念、「資産」という概念は、歴史的な沿革を持つ法概念です。「所得の源泉」が何かということや、その源泉地がどこにあるかが、自明であるということはあり得ません。

      そして、これまでの法解釈の歴史の中で、「契約上の地位」が「資産」に含まれるとする解釈は、上記の中村論文以外には皆無ですし、税務通達にも、そのような解釈を示したものはありません。

      世の中の様々な収入(経済的価値の流入)は、その前提として私法的な裏付け、すなわち、「債権」に基づく収入(相手方が支払いを拒絶すれば、最終的には、裁判所を通じて強制的に回収できるという法的担保のある収入)であるという性格を持っています。債権の多くは契約に基づくものです。そうすると、契約上の地位を、直ちに、非居住者に対する課税権の範囲を画する「資産」(所法161条1項1号)として捉えたならば、きわめて多くの「収入」がこれに基づくものとされ、結果として、「資産」という概念が、非居住者に対する課税権の範囲を画する基準として機能しなくなると思われます。

      また、単なる契約上の地位を「資産」とするならば、資産の運用、保有から生ずる所得と、事業から生ずる所得(所法161条1項1号)との区別も付かなくなります。すなわち、事業から生ずる所得については、恒久的施設(PE(Permanent Establishment))の保有という一定の閾値を超える事業活動がなければ当該国で課税できないとされています(PEなければ課税なし)。そして、事業を行うには他者と契約関係に入るのが通常であり、事業から生じた所得は、通常、契約上の地位から生じた所得といいうると思われます。事業から生ずる所得の多くが契約上の地位という資産の運用、保有から生ずる所得であるといいうるならば、結果的に、当該所得の獲得者がわが国に恒久的施設を持たなくても課税できることとなり、上記PEなければ課税なしの原則が働く場面がほとんどなくなってしまうように思われます。

      「契約上の地位」を「資産」に該当するとすれば、以上の無視できない弊害が生じるのであり、課税庁の主張は、これまでの学説や国際租税法の分野で形成されてきたルール等の積み重ねを無視し、歴史的に生成されてきた法概念に異物を混入させるようなものであると考えます。
     
  2. 「国内」の資産なのか

     さらに、契約上の地位を「資産」とした場合には、その所在をどのように判定するのかという問題も生じます。

      契約というものは、法主体間の合意であって、もとより物理的実体などない抽象的な概念です。したがって、当事者Aと当事者Bが、ある契約を締結したとき、その「契約上の地位」が「どこにあるか」を考えること自体が、そもそもナンセンスです。

      この点、課税庁は、上記のように、「国内にある営業所又は国内において契約の締結の代理をする者を通じて締結した契約に係る権利により生ずる所得であれば、その運用又は保有により生ずる所得は、その権利は国内に所在する資産であるとして、国内源泉所得に該当するものと解することができる」と主張しました。

      しかし、そのように契約地によって判定すべき根拠としてあげられた所法161条10号(いわゆる利殖年金)等については、「これも広い意味では債務者主義に属するものといってよかろうが、敢えて契約地主義として区別するのは、「(利殖年金等で)課税の対象となるものは、保険料、掛金部分を除いた利殖部分のみであるから、その源泉性の判定に際しても運用益の発生地として最も蓋然性の高い国という基準を採用すべきである」との考慮によるものである」(谷口勢津夫「ソース・ルール」(ジュリストNo.1075(1995年)・54、55頁)とされていたり、運用益の発生として最も蓋然性の高い国という基準を採用すべきという観点からは、「従来の債務者主義よりは、国内にある営業所等を通じて契約が締結されたか否かを判定の基準とする契約地主義による方がより合理的である」(田口勝彦「非居住者、外国法人課税の改正の概要」(税経通信20巻7号(昭和40年)・235頁)といった説明がされています。

     つまり、所得の源泉地の判定の基準としては、ほかに、債務者の所在を基準とする債務者主義もあるところ、これを採用しなかったのは、利殖年金等が、「保険料、掛金部分を除いた利殖部分」という「運用益」が課税の対象となるところ、法形式上債務者となるものが所在する国よりも、現に、契約を締結した国の方が、運用益の発生地であることの蓋然性が高いという考慮によるものと思われます。それは、「保険料、掛金」は、(債務者の所在地、というよりも)「契約地」(契約を締結した営業所等の所在地)で運用されるのが通常であり、契約地を「運用益」の所得源泉地と考えるのが合理的である、とする発想といえます。

      先物取引は、「保険料、掛金部分」のような資産(元本的なもの)がなく、「運用益」もないので、保険料、掛金等の資産を運用するということが観念できません。したがって、本件のような先物取引について、「契約地」が所得の源泉地であるということの論証は成り立っていないと思われます。

      また、先物取引においては、証券会社は商法上の問屋(商法551条以下)であり、単なる受任者であって、実質的な債務者ではありません。実質的な債務者は、いうまでもなく、先物取引の所得獲得者と同様に証券会社に依頼して先物取引市場に参加して取引を行う者です。この者の所在地が日本であるかは全く分からず、むしろ、外国の投資家の方が多い場合もあります。

      したがって、単なる受任者、代理人である証券会社の所在地は、所得の源泉地であるとは言いがたいと思われます。
     
  3. 納税者の予測可能性

      そもそも、「所得の源泉」が何かということや、その源泉地がどこにあるかが、自明であるということはあり得ません。

      歴史を見れば、かつて、日米租税条約締結の交渉にあたった大蔵省財務参事官(鈴木源吾)は、源泉(sources)という概念について、「けっきょくいわゆるインカム・フロム・ソーセス・オブ・ユナイテッド・ステーツ、またインカム・フロム・ソーセス・オブ・ジャパンという、このソーセスの概念がはっきりしていない」と述懐しています(鈴木源吾「日米租税協定成立について」租税研究31号(1952年))。

      国際課税の分野において、「資産」、「国内源泉所得」という法概念の正確な意味や、なぜそれが非居住者に対する課税権行使の根拠となるのか、課税権行使の根拠としては他の要素がないのか、といったことは、かならずしも、現在の学説においても解明されていないと思われます。この問題を端的に指摘したものとして、浅妻章如教授の論文(「所得源泉の基準、及びnetとgrossとの関係(1~3・完)」(法学協会雑誌121巻8号1174-1284頁、9号1378-1488頁、10号1507-1606頁。2004年))があります。同論文は、もともと、所得は人的属性として作られた概念であるので所得源泉、すなわち所得の地理的割当を観念することは本来困難であるとし、その上で、所得のorigin・発生源(所得が何から発生したか)としては資産、事業、顧客の要素があり、これらの要素が、所得の地理的割当(所得源泉)にどのように影響しているかについては、必ずしも整合的な説明がなされているわけではないという法解釈の現状を指摘しています。

      このように、国際課税のルールにはいまだ不明瞭な点も多く、課税のためには、とりわけ、当事者(納税者)にとっての予測可能性が重要と考えられます。後述のように、明治32年以降、非居住者、外国法人に対する課税範囲を拡大するために、その課税方法(申告納税か源泉徴収か)を含めて国会での議論を通じて立法化の努力が続けられてきたところ、課税庁の主張はこのような国際課税の現状を無視するものと言えるでしょう。
     
学説の状況

 先物取引の差金等決済から生ずる所得が国内源泉所得として課税対象となるかという問題については、以下のように先行研究があります(なお、これらの論文は、先物取引を行う主体として個人(非居住者)というよりも法人(外国法人)を念頭においていますが、基本的な概念やルールは同様です)。

  1.  中里実「外国法人の資産の運用・保有による所得とデリバティブ」(税研108号、平成15年)【否定説】

     同論文は、「単なる契約上の地位というだけでは、資産の運用・保有による所得をもたらす資産ということにはならないであろう。」「デリバティブも、損害保険と同様で、定義上、原資産(元本部分)のない、単なる契約上の地位(キャッシュフローの交換の契約)であるから、やはり、「資産」ということにはならないのではなかろうか。納税者は、現在において、相手方の保有する財産権に関して、一定の法的権利を有しているということはない(相手方からの受領は、将来において一定の事象が発生した場合に生ずる)。」としています。
     
  2.  宮武敏夫「デリバティブ取引の所得源泉法則」(税務弘報Vol47No6、平成11年)【否定説】

     同論文は、「先物は、オプションのような権利ではなく、義務でもあるから、「資産」とみるのは困難である。例えば、将来の時点で商品を購入する契約を有していても、その契約が資産であるとはみることができないのと同様である。外国法人が先物取引によって得た利得については、日本に恒久的施設を有する場合には、国内において行う事業から生じた所得として、法人税、事業税及び住民税を申告納税する義務が生じるが(*括弧内略)、日本に恒久的施設を有さない場合は法人税、事業税及び住民税のいずれも納税義務はないと考えられる(*括弧内略)」としています。
     
  3.  北村豊「トータル・リターン・スワップの税務上の取扱いについて――Notice 2006-16を契機として」(NBL2007年4月号)【否定説】

      同論文は、「トータル・リターン・スワップのようなデリバティブ取引に基づく支払は源泉徴収すべき国内源泉所得に当たらない」、「トータル・リターン・スワップの締結が参照資産の譲渡とはいえないとすると、参照資産が「国内にある資産」であることを理由としてこの支払金が「国内にある資産の運用または保有により生ずる所得」であるというのは難しいと思われる。レシーバーはそもそも参照資産を有していないので、トータル・リターン・スワップに基づく支払金は「国内にある資産」の運用または保有により生ずる所得とはいえないと考えられるからである」、「なお、参照資産ではなくトータル・リターン・スワップの契約上の地位自体が「国内にある資産」に該当するという考え方もあるかもしれない。しかしながら、この考え方に対しては、そのような契約上の地位自体が「資産」といえるのかという疑問があり得る」、としています。

     なお、仮に、資産性を肯定したとしても、それが「国内にある」といえるのかという疑問があるとし、「トータル・リターン・スワップなどのデリバティブの契約上の地位が一般に「「国内にある資産」に該当しうるとすると、恒久的施設を有しない外国法人でもデリバティブの評価損益を申告納税すべきということになりえるので実務上のインパクトは大きいと思われるが、ここではこの論点には立ち入らない。」としています。
     
  4. 否定説についての小括

     以上のように、契約上の地位が「資産」に該当するという考え方には、国際租税法の専門家からは異論があります。

      なお、北村論文が指摘するように、「恒久的施設を有しない外国法人でもデリバティブの評価損益を申告納税すべきということ」になるとすれば、差金決済せずともその先物取引の評価損益について申告納税義務があるということになります。

      現に、次の中村論文375頁は、「外国法人がデリバティブ取引により契約上の地位を有し、当該契約上の地位の運用・保有により、未決済となっているものについては、その所得を我が国において1号所得を獲得したものと考え、我が国において課税すべきであると考える」とし、未決済でも評価益についての課税を行うべきと主張しています。

      課税庁の主張を突き詰めれば、外国法人についてそのような評価損益についての課税を敢行するということになるのであり、国際課税の実務では大きな混乱をもたらすのではないかと思われます。
     
  5. 中村論文【肯定説】

    中村論文は次のように主張しています。

    デリバティブ取引は、オプション取引などを除いて、通常の資産取引とは異なり、債権又は債務のいずれか一方が先に履行されることはなく、債権の発生・消滅と債務の発生・消滅とが同時であるところから、債権と債務が一体となった契約上の地位である。そして、当該契約上の地位は、契約直後から時価の変動等により、利得ポジション又は損失ポジションに変化し、収益又は損失が発生するという性質を有することから、契約上の地位そのものから所得が発生すると考えられる。

     上記から、1号所得の規定の根本の考えから、1号所得の資産とは所得を直接生み出す源泉であると解すべきであることや、所得税法、特に譲渡所得に起因する資産についても一定の契約上の地位を資産と解していること、さらに、相続税法においても先物取引の契約上の地位を相続財産と解していることも踏まえると、デリバティブ取引の契約上の地位は、それ自体から直接所得が生じるものであるから、1号所得の資産と解すべきであると考える。

     なお、デリバティブ取引の契約上の地位等の1号所得の「資産」性等について、このように疑義が生じていることから、法的安定性・予測可能性のために、法令等の改正により、明定すべきであると考える。


     
  6. 中村論文についての検討

    (1) 譲渡所得との比較は不合理

     しかしながら、譲渡所得の資産概念との比較は参考になりません。キャピタルゲイン(値上がり益)課税の対象となるべき「資産」(所法33条)概念と、わが国の非居住者に対する課税権の限界を画する「資産」(所法161条)概念は、立法趣旨も機能も異なるからです。

     立法の沿革も、後者の「資産」は、明治32年の所得税法改正によるものであり、前者の「資産」は、大正7年の戦時利得法によって船舶等に関する権利の売却による個人の利得に対する課税に端を発するものであり、全く異なります。

    (2) 相続税法との比較は不合理

     また、相続税法での解釈は参考になりません。相続税法は、人の相続による資産の承継に担税力を見いだして課税をするものであるから、先物取引の契約上の地位のようなものも担税力がある限り相続税課税の対象とすべきといえるでしょう。

      一方で、先物取引による所得は、一定の利益(所得)が生じるから、所得課税(所得税法、法人税法)するべきことは明らかですが、問題は、この所得をどこの国が課税するのか、所得獲得者の居住国以外の国がこれを当該国の国内源泉所得として課税することができるのか、ということにあります。担税力の見地から契約上の地位を相続税課税の対象とするべきこととは問題の局面が全く異なることは明らかでしょう。
     
非居住者に対するわが国の所得課税の沿革、学説史

 

 中村論文は、明治32年改正からの改正経緯と当時の学説を大きな論拠としていますが、以下のように、そう単純に、「資産」概念が広く、契約上の地位も含まれるとか、契約地主義によって「国内」にあると解釈できると読み取れるものではありません。

  1.  わが国の所得税法は、明治20年(1887年)に創設されました。当時の所得税法1条は、「凡ソ人民ノ資産又ハ営業其他ヨリ生スル所得金高一箇年三百円以上アル者ハ此ノ税法二依テ所得税ヲ納ム可シ」とされており、非居住者に関する明確な規定はないようです。

     そして、明治32年改正は、わが国に住所等を有するかによって、無制限納税義務者(1条)(現行法の居住者)と、制限納税義務者(2条)(現行法の非居住者)とを区別し、後者については、国内に「資産営業又は職業を有するときは其の所得に付てのみ所得税を納むる義務あるものとす」としました(原文は片仮名。以下、片仮名はひらがなで表記します)。

     明治38年には、従来、「資産営業又は職業を有するとき」としていたところ、「職業」を削除する改正が行われました。その理由について、当時の政府委員(若槻禮次郎)は、1条によれば外国人は1箇年以上居所を持ったときにはじめて納税義務があるとしているが、たとえば、外国の宣教師が来たときに、職業があるとして1年が経過しなくても課税するというのは不合理であるから、2条から「職業」を除外する、と説明しています(明治38年2月1日衆議院委員会会議録・1頁)。

      仮に、「契約上の地位」が資産であるというなら、「職業」という文言は削除しても、結局、労働契約上の地位という「資産」を有するものとして課税されるのではないかとも思われますが、当時、そのような議論がされた形跡はありません。
     
  2.  中村論文は大正、昭和初期の学説をいくつか紹介し、「税法上の資産概念は、極めて広くとらえようと解することができるのではないかと思われる」などとしています(334頁以下)。

      しかし、当時の学説も様々であり、たとえば、「資産」の意義について言及した文献として、大蔵省出身の租税法学者である田中勝次郎による『所得税法精義』(初版)(厳松堂書店、昭和5年)があります。ここでは「資産」の意義については種々の説を想像できるとして、①「資産」は所有権の目的物に限るとする説、②「資産」は内地に在る不動産に限るとする説、③「資産」を広く財産権と解する説、④資産は、「所在」を有するものに限るとする説を検討し、④説を妥当としています。「資産」概念が、古くより広く解されていたものではないことを示す重要な文献といえます。

      また、「資産」について、広義に解し、債権も含むとする学説はあり、渡辺善蔵『所得税法講義』(東京財務協会、大正10年)は、「資産とは一定の人に帰属する経済財(有形資産)と財の支配を目的とする権利(無形資産)との総称なり。」とし、債権についても「資産」に該当するとしています。ただし、「債権」が「資産」であるとしても、その所在地は一義的ではなく、「税法は単に資産と云うを以て、税法施行地にある有形の資産たると無形の資産たるとを問わず、之れを有する者は皆施行地に資産を有するものと云うべし、然れども無形の資産、例えば普通の債権の如きものの所在は債権者の所在に伴うものなるを以て、税法施行地に住所又は居所なき者が施行地に貸金を有し其の利息を取得するも施行地の資産より生ずる所得なりと云うを得ず」としています。

      この点については、たとえば、貸付金の利子については、後述の昭和27年改正以降、債務者の居住国を所得源泉地国としていますが、重要であるのは、債権という資産についても、立法で明確化されるまでは、その所在が明確ではなかったということです(しかも、債権一般について、債務者の居住国が債権という資産の所在地であると決められたわけでもありません)。いわんや、「契約上の地位」なるものが、どの国に所在するのかは、全く明らかではありません。
     
  3.  昭和27年改正は、来るべき日米租税条約(昭和29年に署名)締結の準備として、アメリカ流の所得源泉地主義(所得発生地主義)を税制改正において導入し、課税対象所得を拡張して租税条約締結への基盤を作ったものとされています(小松芳明「国際租税法の発展と動向」(租税法研究第10号 国際租税法の諸問題 昭和57年))。当時の資料(大蔵省主税局調査課・所得税、法人税制度史草稿(昭和30年3月)によれば、「従来制限納税義務者に対する課税範囲は極めて極限されており、日本にある資産または事業の所得について納税義務のある外は、日本で支払われる給料利子等に限られていた。しかし国際二重課税防止のための租税協定がまず米国との間に近く締結されることとなることを予想して、制限納税義務者の課税範囲を所得発生地主義によるのが適当であると考えられたので、発生地課税主義の原則を強化して、今後は、たとえば公社債利子の支払者たる債務者が日本に本店または主たる事務所を有する場合、また給与所得の発生の起因である勤務が日本において行われる場合には、支払地のいかんにかかわらず所得税法の適用を受けることとしたのである」とされています。そして、条文上は、「その他のその源泉がこの法律の施行地にある所得で命令で定めるものを有するとき」というように、「源泉」という用語が用いられることになりました。

      昭和29年改正では、それまで「無制限納税義務者」「制限納税義務者」と呼ばれていた納税義務者について、「居住者」、「非居住者」といった概念が導入され、日本に事業を有さず資産のみを有する外国法人には、申告を期待しがたいこと等から、利子、配当、使用料等の一定の所得については、所得税の課税(源泉徴収)のみで課税関係を終了させることとし、1条2項1号に「この法律の施行地にある資産又は事業の所得(第2号乃至第9号に該当するものを除く。)を有するとき」というように、「(第2号乃至第9号に該当するものを除く。)」という括弧書きがもうけられました。
     
  4.  昭和37年改正は、所得税法1条の条文構造から改正を加え、非居住者の納税義務について、従前の、「左(*2項各号)に掲げる場合においては」という表現を改め、「この法律の施行地に源泉がある所得を有するとき」、すなわち国内源泉所得があるときには納税義務があることとし、従前2項各号に列挙していたものを、国内源泉所得とするものとして納税義務の発生根拠としました。

    1条
      1項 この法律の施行地に住所を有し又は1年以上居所を有する個人(以下居住者という。)は、この法律により、所得税を納める義務がある。

      2項 前項の規定に該当しない個人(以下非居住者という。)は、この法律の施行地に源泉がある所得を有するときは、この法律により、所得税を納める義務がある。

      3項 左に掲げる所得は、この法律の施行地に源泉がある所得とする。
       1号 この法律の施行地にある資産又は事業の所得(第2号乃至第9号に該当するものを除く。)
       2号 国債、地方債又はこの法律の施行地に本店若しくは主たる事務所を有する法人の発行する債券につき利子


      (以下省略)

     この改正の意義については次のように説明されています(渕圭吾「取引・法人格・管轄権―所得課税の国際的側面(1)」(法学協会雑誌 121 巻 2.号123 頁(2004)。

     第一に、国内法と租税条約の概念上の混乱が収拾されたとされます。非居住者の課税の対象となる所得の範囲について、昭和29年改正以降の国内法では原則的に「この法律の施行地にある資産又は事業の所得」に所得税の納税義務があるとしつつ、部分的に国内源泉という概念が用いられており、一方で、租税条約では国内源泉所得となっていたところ、昭和37年改正では、租税条約にそろえて、国内法でも、非居住者の課税の対象となる所得の範囲を「国内源泉所得」であるとして簡素化したとされます。

     第二に、1号所得(「この法律の施行地にある資産又は事業の所得」)に関するルールを整備した、とされています。

     具体的には、「資産の所得」は、所得税法施行規則1条1項が、「法施行地にある資産の運用又は保有により生ずるすべての所得」(同項1号)、「法施行地にある資産の譲渡により生ずるすべての所得」(同項2号)とする旨規定しました。同条2項は、法施行地にある資産の運用又は保有の例として、①国債、地方債、内国法人の発行する債券、内国法人と締結した生命保険契約に基づく保険金の支払い若しくは剰余金の分配を受ける権利、又は法施行地にある営業所が受け入れた積金若しくは相互掛け金の保有、②居住者又は内国法人に対する船舶又は航空機の貸付け、③居住者に対する金銭の貸付け(業務に係るものを除く)、を例示しています。この例示をみても、元本的なものが観念できない「契約上の地位」なるものを資産とする発想は見受けられません。

     また、当時の大蔵省の責任者(植松守雄氏)は、昭和37年に開催された説明会で、「法施行地にある資産の運用または保有により生ずる所得というのはいわば資産からその運用果実としていわば時間の経過にしたがってだんだん発生してくるという所得であります」と述べており、ここからも、「資産」は運用果実を生じるもの(元本的なもの)を想定していると読めます。

       以上のように、昭和37年改正では、①非居住者の課税の対象となる所得の範囲を、「国内源泉所得」という概念に統一し(所得税法1条2項)、②国内にある資産の所得(1条3項1号)はその一例として位置づけ、③その下位概念として、所得税法施行規則1条にて、国内にある資産の保有又は運用により生ずる所得と資産の譲渡により生ずる所得を分類し、④さらに「資産の保有又は運用により生ずる所得」についても具体例を列挙する、という構造を採用しています。
     
  5.   昭和40年には所得税法の全文改正が実施され、現行法のように、「第3編 非居住者及び法人の納税義務」として国内源泉所得等が規定されています。

     なお、現行法は、平成26年税制改正により総合主義に基づく従来の国内法を2010年改訂後のOECDモデル租税条約に沿った帰属主義に見直していますが、本論点には影響がありません。
     
  6.   以上の立法経緯からすると、明治32年改正によって制限納税義務者への課税の根拠となる「資産の所得」概念が誕生し、その後、一定の債権も「資産」概念に含まれることとなったといいえますが、その範囲は、源泉徴収の対象拡大とあわせて、慎重に立法により規定されてきたものと考えられます。

     また、昭和37年改正では、「資産の運用又は保有」という現行法と同じ文言が(所得税法施行規則により)制定され、具体的に例示されましたが、そこでも、「元本的なもの」を観念できない単なる契約上の地位を「資産」とする発想は見受けられません。

       以上、立法経緯からすると、非居住者の「契約上の地位」を、国内にある「資産」として、元本的なものを観念できない先物取引の利得を、「資産の運用又は保有」による所得であるとして課税するなどという論理は、やはり異質なものであると言わざるを得ないと思われます。
     
訴訟の経緯と今後の税制改正
  1.   以上は当方の訴訟当初の主張の要約ですが、課税庁は諸々反論していました。

      また、当方では租税法学者の先生方に国際課税の沿革や取扱の状況を踏まえた意見書を作成頂きました。
     
  2.  私の担当した事案以外にも複数の事案が訴訟係属しており、おそらくは以上の他にも諸々の視点が議論されていたのではないかと推察します。

      各事案でどのような判決がなされるか注目していましたが、冒頭に記載したとおり、令和4年度税制改正大綱によって立法の方針が示され、非居住者又は外国法人に係るデリバティブ所得は、国内源泉所得である「国内資産の運用・保有所得」に該当しないことを法令上明確化することとされました。

      法令上明確化するということは現行法でも課税の対象とされないことを意味していると考えられるところ、国税庁は、通常の更正の請求の期間内(法定申告期限から5年間)の場合には、減額更正の対象とするとしています。

     端的に言えば、このような所得については、居住地国が課税するか否か等を決めればよく、日本国が課税をするべきものではない、という整理なのだと思われます。

      デリバティブ所得については以上のとおり一定の解決が図られましたが、本論点は、たとえば、非居住者が国内の業者と契約して仮想通貨の取引を行って利得を得た場合にはどうなるのか、といった点にも関連すると思います。

      今後の立法の内容等を注視したいと思います。

  (追記 以上の内容を、「鼎談 契約上の地位の国内資産性」という題名にて

週刊T&Amaster2022年4月11日号・№926)にて誌上対談させていただきました。