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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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国外転出時課税制度と遺産分割
(h27/9/9更新)

制度の概要
  1.  平成27年度税制改正によって,「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」及び「贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例」の規定が創設され,すでに(平成27年7月1日)施行されています。

     この制度は,次の(1)から(3)までに掲げる時において,一定の居住者が1億円以上の有価証券や未決済の信用取引などの対象資産を所有等している場合に,次の(1)から(3)までに掲げる時に,対象資産の譲渡等があったものとみなし,対象資産の含み益に対して所得税を課税する制度です。限定承認による相続の場合に譲渡をみなして含み益に所得税を課税する所得税法59条1項1号と同じような効果を持つ規定です。

     (1) 対象者が国外転出をする時(所得税法60条の2)

     (2) 対象者が国外に居住する親族等(非居住者)へ対象資産の一部又は全部を贈与する時(同法60条の3)

     (3) 対象者が亡くなり,相続又は遺贈により国外に居住する相続人又は受遺者が対象資産の一部又は全部を取得する時(同法60条の3)

     
  2.  この制度の趣旨は,「株式等のキャピタルゲインについては、株式等の売却等により実現した時点で、株式を売却した納税者が居住している国において課税されることが原則となっています。こうした仕組みを利用して、巨額の含み益を有する株式を保有したまま国外転出し、キャピタルゲイン非課税国において売却することにより課税逃れを行うことが可能となっています。そうした課税逃れを防止する観点から、主要国の多くが国外転出時点の未実現の所得(含み益)を国外転出前の居住地国で課税するようになってきています。 (中略)そこで、日本においても、主要国と足並みを揃え、一定の国外転出者に対して、国外転出直前に対象資産を譲渡してこれを同時に買い戻したものとみなして、その未実現のキャピタルゲインに課税する譲渡所得等の課税の特例を創設することとされました。」と説明されています(財務省 平成27年度税制改正の説明)。

     いわば,実際には売買していないのに含み益に課税するという制度ですので,国外転出の日から5年以内に帰国した場合で引き続き対象資産を所有している場合に税額を取消す措置や,納税猶予の特例などの減額措置等が設けられています。

     制度の詳細は,国税庁のFAQをご参照下さい。
     
  3.  上記のように,国外転出する場合だけでなく,相続の場合にも所得課税が生じます。

     たとえば,被相続人Aさんが,取得費1000万円,時価2億1000万円の有価証券を保有したまま亡くなり,子供B,Cが相続人となるケースで,Bは日本に居住しているが,Cは米国に居住しているとします。この場合,Cさんが相続により当該有価証券の一部ないし全部を取得すれば,Aさんの譲渡所得が生じることになります(Aさんの準確定申告が必要となります。当該所得税は,相続税の計算において債務控除可能です)。

     このような相続はまま生じると思われます。たとえば優良企業の創業者が亡くなった場合で,お子さんが海外におられるときなどが典型例です。このような場合には国外転出時課税が生じないかを注意する必要があります。

     
問題の所在

    さて,この制度には非常に気になる点があります。


  それは,上記の事例で,

  •  (1)準確定申告期限(相続開始があったことを知った日から4箇月)までに,BさんとCさんで遺産分割協議が成立しない場合(有価証券について遺産共有状態の場合)にどうするのか,
     
  •  (2)BさんとCさんが遺産分割をして,当該有価証券を日本に居住するBさんが取得することとなった場合(Cさんは取得しないこととなった場合)にはどうなるのか,

    という問題です。
     この点を明示的に書いた条文や,指針等はありません。
     そこで,所得税法60条の3の要件事実を確認します。
      当該条文の文言上,「居住者の有する有価証券等が,贈与,相続又は遺贈(以下この条において「贈与等」という。)により非居住者に移転した場合には,・・・当該有価証券等の譲渡があったものとみなす」とされていますので,これを踏まえてあるべき解釈を検討しなければなりません。
検討(問題(1))
  1.  まず,上記(1)の準確定申告期限までに遺産分割協議が成立しない場合にどうするかという問題です。

     民法上,相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継し(民法896条),各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する(同法899条)ものであり,遺言もなく遺産分割が未了の間は,遺産共有状態となるとされています。
     
  2.  そうすると,遺産分割未了の段階において,BさんとCさんで,法定相続分に従ってそれぞれ2分の1ずつ当該有価証券を取得したことになるので,Cさん(非居住者)に移転した部分(2分の1)について,所得税法60条の3第1項によって時価による譲渡があったものとみなされ,所得課税が発生し,準確定申告を行う,ということになると解されます。上記事例だと2億1000万円の半額の1億500万円を譲渡収入,1000万の半額の500万円を取得費として差額1億円が譲渡所得となり,準確定申告をする必要があることとなるでしょう。

     所得税法60条の3には,相続税法55条のように未分割遺産について定めた明文規定はありませんが,民法理論からして,以上のように解することができると考えます。
     各種情報を見ていると,国税庁も法定相続分に従って準確定申告をするべきと考えているようです。
検討(問題(2))
  1.  問題は,(2)の,遺産分割によって非居住者であるCさんが当該有価証券を取得しないこととなった場合です。
     
  2.  伝え聞くところによると,国税側としては,そのような場合でも所得課税は取消されないという見解をとっているようです。
     また,上記FAQのQ51でも,(これは,所得課税がある場合に誰が申告をする必要があるかということについてのものですが)「相続対象資産を取得していない相続人についても,国外転出(相続)時課税の申告をする必要はありますか」という問いに対して,「国外転出(相続)時課税は,適用被相続人等が亡くなった場合に,適用被相続人等が相続対象資産を譲渡等したものとみなしますので,適用被相続人等の準確定申告は,その相続人がすることとなります(所法125①)。したがって,相続対象資産を取得したか,また居住者又は非居住者であるかを問わず,適用被相続人等の相続人が各種所得に国外転出(相続)時課税の適用による所得を含めて適用被相続人等の準確定申告及び納税をする必要があります」と回答されています。
     
  3.  しかしながら,所得税法60条の3の規定の適用上,遺産分割の結果非居住者が有価証券等を取得しない場合でも所得課税がなされるというように解することができるかは大いに疑問です。

     まず,FAQに,「国外転出(相続)時課税は,適用被相続人等が亡くなった場合に,適用被相続人等が相続対象資産を譲渡等したものとみなします」とあり,あたかも,相続があれば譲渡をみなすというように説明しているのは,誤解を招く表現と言わざるを得ません。

     所得税法60条の3は,「居住者の有する有価証券等が,贈与,相続又は遺贈・・により非居住者に移転した場合には,・・・当該有価証券等の譲渡があったものとみなす」と規定しているのであり,「相続」+「非居住者に財産の移転」という事実があって初めて「譲渡があったものとみなす」ものです

     したがって,非居住者に財産が移転(非居住者が財産を取得)したと言えなければ,条文の解釈として,譲渡をみなすことはできません。
     
  4.  そして,遺産分割によりCさんが有価証券等を取得しないこととされた場合には,民法上,遺産分割の効力は相続開始の時にさかのぼってその効力を生ずる(民法909条本文)とされているので,Cさんは,相続開始当初から,当該有価証券を取得していないことになります(なお,相続税でも,当然,「相続により財産を取得」(相続税法1条の3第1号)という文言の解釈としては,遺産分割の結果を踏まえます)。

      所得税法60条の3にある「相続により移転」「相続により財産を取得」という概念は,民法の相続による財産の移転制度の借用概念と解するほかないと思われますので,相続があったら,即相続により財産が移転したものとして,後の遺産分割を無視するというような独自の法概念を考えることは条文解釈として無理だと思われます
     
  5.  そうすると,準確定申告期限までに遺産分割が未了で,いったんは被相続人に係る譲渡所得の申告をして税額が確定したとしても,その後,遺産分割により当該譲渡所得の発生事実がないことになれば,当然,更正の請求(国税通則法23条)をすることができると解すべきです。

     上記のような本制度の趣旨,すなわち,含み益を有する株式を保有したまま納税者が国外に転出し,キャピタルゲイン非課税国において売却することにより課税逃れを行うことに対する租税回避防止ということからしても,遺産分割によって非居住者が有価証券等を取得しないこととなればキャピタルゲイン非課税国における売却による課税逃れも生じませんから,未実現の利得を所得として課税する必要はありません。

      また,以上の解釈は,所得税法60条の3第6項2号が,有価証券等を取得した相続人(非居住者)が,相続の日から5年を経過する日までに当該有価証券を贈与により居住者に移転した場合には当該有価証券の譲渡をなかったものとすることができる旨を規定していることとのバランスからも当然のことであると思います。
     
  6.  なお,更正の請求の手続としては,通常の更正の請求(国税通則法23条1項)か後発的事由による更正の請求(同条2項),所得税法152条の更正の請求が考えられます。

     まず,準確定申告期限後に,遺産分割が生じた場合でも,遺産分割の遡求効からして,当初申告(準確定申告)に係る「課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従っていなかったこと又は当該計算に誤りがあったことにより,当該申告書の提出により納付すべき税額が過大であるとき」(国税通則法23条1項)に該当し,通常の更正の請求ができると考えてよいと思います。
     ただし,これでは法定申告期限から5年が経過した後に遺産分割がなされた場合に救済をすることができません。
     そこで,後発的事由による更正の請求や所得税法152条の更正の請求ができるようにするべきですが,相続税法32条のような明示的な規定がないので,明文規定を設けるべきでしょう。
国税の取扱について

 以上で述べたことは,既に法律が施行されているので,おそらく,ここ1年以内には現に生じて対処を迫られる問題です。

 国税庁には,早期に,妥当な見解を公表していただきたいところです。