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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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相続法の改正と課税関係その1(一部賃貸部分がある場合の配偶者居住権について)
(r1/10/22更新)

配偶者居住権とは

 今回の民法改正によって、配偶者居住権という権利が新設されました(新民法1028条)。

 配偶者居住権とは、配偶者の居住建物を対象として、終身または一定期間、配偶者が無償で居住建物を使用収益できる権利です。

 遺産分割や遺贈の選択肢の一つとして、配偶者がこの権利を取得できることが可能となります。

 制度の解説については法務省のホームページをご参照ください。

 これまで日本になかった制度ですので、今後の実務運用が注目されます。また、配偶者居住権を設定した場合の課税関係についても様々な問題が生じることが想定されます。

 今回は、配偶者居住権を設定した建物について、相続開始前に賃貸されていた部分がある場合の課税上の取扱いを取り上げます。これは、まだほとんど議論されておらず、また、私見では、財務省の規定した相続税法施行令の規定は合理性を欠くのではないかと思えるところです。

 

配偶者居住権の設定


 配偶者は、居住建物の全部について、無償で使用収益をすることができます(新民法1028条第1項)。「使用」とは自ら居住すること、「収益」とは、他人に賃貸して賃料収入を得ることを意味します(賃貸する場合には所有者の承諾が必要です)。

 ここで、2階建ての建物で、2階部分を居住用、1階部分を賃貸用として第三者に賃貸していた場合を考えます。相続開始時に1階を賃貸していた場合が問題となります。

 法務省の立案担当者が執筆した書籍(堂薗・野口編著『一問一答 新しい相続法―平成30年民法等(相続法)改正、遺言書保管法の解説』(商事法務、平成31年))16頁にはつぎの記載があります。

「被相続人が居住建物の一部を第三者に賃貸していた場合でも、配偶者は配偶者居住権を取得することが可能である。配偶者居住権を取得した配偶者は、居住建物の所有者との関係では、第三者に賃貸されている部分も含め、居住建物の全部について使用及び収益をすることができる権利を取得する。
 もっとも、建物賃貸借においては建物の引渡しが対抗要件となるところ(借地借家法31条)、このような事例では、通常、賃借人が先に引渡しを受けているものと考えらえることから、配偶者は、その賃貸人に対しては、配偶者居住権による使用収益権限を対抗することができないことになるものと考えられる。
 このような場合には、一般的には、賃借人は、賃貸人たる地位を承継した居住建物の所有者に対して賃料を支払うこととなる。

相続税法施行令の考え方

 そして、配偶者居住権の新設に伴って相続税法が改正され、また、相続税法施行令では、居住建物の一部が賃貸の用に供されている場合には、居住建物の時価について、賃貸の用に供されている部分とそうでない部分の床面積による按分計算をすることとしています(相続税法施行令5条の8第1項1号)。

 その理由については、財務省の『令和元年度 税制改正の解説』499頁によると、次のとおりです。

「居住建物の一部が貸し付けられている場合には、配偶者は相続開始前からその居住建物を賃借している賃借人に権利を主張することができない(対抗できない)ため、実質的に配偶者居住権に基づく使用・収益をすることができない部分を除外して評価する必要がある」

検討

 財務省の考え方は、相続開始時に賃借人がいる場合には、相続税法の適用上、当該賃借人の賃貸の用に供されている部分については、配偶者ではなく、居住者の取得部分として課税価格に算入する、というものです。

 つまり、上記事例では、1階の賃貸部分は、配偶者居住権の対象となるものとしては評価しない、ということです。

 しかし、配偶者居住権は、建物全体にその効力が及ぶものです。1階の賃借人が退去して、新しく賃貸した場合、その賃料は当然配偶者が取得します。それなのに、1階は所有者のものとして相続税申告せよ、というのは課税関係を不明瞭にします。

  根本的には、財務省の税制改正の解説が疑問です。

  まず、上記の法務省の立案担当者資料は、①既存の賃借人との関係では、配偶者は対抗できず、所有者が賃料を受領する、というにすぎません。②その上で、所有者と配偶者との関係では、配偶者居住権の使用収益権限は建物全体に及ぶのですから、所有者は、①によっていったん取得した賃料を、配偶者に交付する義務(清算する義務)を負うものと考えられます。

  そうすると、上記事例のように、1階に賃貸部分があっても、その賃料は、結局は配偶者が受領するわけです。ならば、その1階部分は、相続税の課税価格の計算においても、配偶者が相続によって取得したものとして計上するべきであるのが当然です(所有者はいったん1階部分の賃料を受領しても、その賃料を配偶者に渡さなければならないのですから、1階の収益権限がなく、担税力がありません)。

  上記財務省の税制解説に「居住建物の一部が貸し付けられている場合には、配偶者は相続開始前からその居住建物を賃借している賃借人に権利を主張することができない(対抗できない)ため、実質的に配偶者居住権に基づく使用・収益をすることができない部分を除外して評価する必要がある」とあるのは、その前提を欠くものと思われます。

帰結

 

 以上のように考えると、私法関係と課税関係がシンプルにまとめられます。

(1) 相続税申告

  まず、相続税課税の場面では、既存賃貸部分も、配偶者居住権が及ぶものとして考えるべきですから、相続税申告においては、建物全体について配偶者居住権があるという前提での計算をするべきです。相続税法施行令5条の8第1項1号のように、賃貸部分とそうでない部分を面積按分する必要はないはずです。

 

(2)所得税申告

 次に、取得する賃料に係る所得課税については、既存賃貸部分からの賃料は配偶者が取得するべきものですから、当該賃料は、いったんは所有者が取得するとしても、実質所得者課税原則(所得税法13条)からして、配偶者が不動産所得として申告すべきと考えられます。

 

 以上は、相続税法施行令の理解とは異なるので、実際に申告する際には慎重に検討する必要があるとは思いますが、私としては、相続税法施行令がそもそも誤っていると考えるので、以上の処理が正当と思います。


 私としては、そもそも、上記のように法務省の立案担当者の書籍が、「一般的には、賃借人は賃貸人たる地位を承継した居住建物の所有者に対して賃料を支払うことになる」とし、所有者が賃貸人たる地位を承継したという前提を置いていることに問題があると思っています。

 既存賃貸部分に係る賃料収入について、上記のように、所有者と配偶者との間で清算がなされて最終的には配偶者が賃料収入を得るものとするならば、端的に、配偶者居住権が設定された場合には、既存賃借人に対する賃貸人たる地位は配偶者が承継すると解するべきと思えるからです。配偶者は収益権限を主張し、既存賃借人は占有権原を主張するので、その意味では実質的には両者は対抗関係にありません。Aを賃貸人、Bを(引渡しという対抗力を備える)賃借人とする建物賃貸借契約が締結されている場合に、AからCに当該建物が売買されれば、当該建物賃貸借契約に係る賃貸人たる地位はCに承継されます。これと同様に、被相続人が契約した建物賃貸借契約に係る賃貸人たる地位は、配偶者居住権の設定によって、配偶者に承継されると解してもよいと思います。

 この法律関係は、いずれ、何らかの訴訟で裁判所が解釈を示すと思われます。また、課税庁は、合理的な取扱いを定めるべきものと思われます。