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本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

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相続法改正と課税関係その2(配偶者所有権を消滅させて売却した場合)
(r1/10/22更新)

問題の所在

  配偶者所有権の譲渡は禁止されています(新民1032条2項)。

 立法の経緯をいえば、民法改正の中間試案段階では、配偶者居住権は、所有者の承諾があれば譲渡することができるとされていました。

 しかし、そもそも配偶者自身の居住関係の継続性を保護するためのものであること、配偶者の死亡により消滅する不安定な権利であるために実際には売却が困難であることから、最終的な法案段階では譲渡できないこととされました。

 とはいえ、実際には、配偶者居住権を設定したのち、事情が変って、配偶者が老人ホーム等に移転し、居住建物は売却したいという場合もあるでしょう。

 そういう場合には、配偶者と所有者の同意によって配偶者居住権を消滅させたうえで、所有者が居住建物及び敷地を売却し、当該売却代金の一部を配偶者に対して配偶者居住権の消滅の対価として交付するという方法が考えられます。配偶者は当該対価をもって老人ホームの入居費、毎月の支払いに充てるのでしょう。

  事例でいえば、居住建物及び敷地の価値が5000万円であり、配偶者居住権の価値が2000万円の場合に、所有者が、第三者に、建物及び敷地を5000万円で売却し、配偶者は所有者から2000万円を取得する、というイメージがあります。

  このような場合の課税関係については、ほとんど議論されていません。

  もとより私見ですが、以下、対価を支払う所有者の課税関係、対価を受領する配偶者の課税関係に分けて検討します。

所有者の課税関係

 まず、所有者は配偶者居住権の消滅という利益をうけています。

 ところで、相続税法基本通達9-13の2は、配偶者居住権が合意等により消滅した場合において、建物等所有者が対価を支払わなかった場合に、配偶者から建物等所有者に対して贈与をみなす旨定めています。したがって、所有者が2000万円の対価を支払う上記事例では、所有者に対するみなし贈与課税は生じません。

  そして、所有者の譲渡所得(収入金額5000万円)からは、次の第一の考えによれば、配偶者に支払った2000万円を取得費ないし譲渡費用として控除するべきことになると思われます(所得税法33条3項)。

配偶者の課税関係

 次に、配偶者が所有者から受領する2000万円の課税関係はどうなるでしょうか。第一に、譲渡所得であるとする考えと、第二に、一時所得であるとする考えに分かれるものと思われます。

  1. 譲渡所得説
     第一に、配偶者居住権という制度は、使用、収益及び処分を内容とする所有権(民法206条)を、使用、収益権限を有する配偶者居住権と、処分権限を有する負担付き所有権に分解したものと考えられ、そうすると、配偶者居住権を消滅させて対価を得ることは、所有権の一部を譲渡して対価を得るに等しいから、上記の配偶者が受領する2000万円は、資産の譲渡の対価であるとして、譲渡所得(所得税法33条)となるとする解釈があると思います(所得税基本通達33-6参照)。

     なお、この場合には、当該2000万円のうち、敷地利用権部分は、「土地の上に存する権利」の譲渡として、長期譲渡所得の課税の特例(租税特別措置法31条)、短期譲渡所得の課税の特例(同32条)の適用の態様となるでしょう。(*)

     *このように考えておりましたが、財務省「令和2年度 税制改正の解説」118頁は、「配偶者敷地利用権は土地の上に存する権利には該当せず、総合課税の譲渡所得として課税すべきものと考えられます」としているので、訂正します(令和2年11月追記)。

     また、その場合の取得費については、被相続人の取得費を、負担付き所有権部分と配偶者居住権部分で按分計算し、所有者と配偶者がそれぞれ按分計算に従って引き継ぐ(所得税法60条)と考えるべきようにも思われますが、配偶者居住権はあくまでも所有者に対して生じる債権なので、取得費を観念するのは困難であるとも思われます。そうすると、取得費はその全額が所有者に帰属するものとして取り扱うべきかも知れません。

     そして、所有者にとっては、配偶者に支払う2000万円は、譲渡所得の計算上控除するべき取得費に該当するでしょう(一種の立退料と考えれば、譲渡費用かも知れません(所得税基本通達33-7参照))。

     ここで、理論的には、法律上は譲渡することができない配偶者居住権を、譲渡所得の基因となる「資産」(所得税法33条)に該当すると見ることができるかが問題となります。

     そこで検討すると、譲渡所得の基因となる資産は、所得税法33条2項各号に規定する資産(棚卸し資産等及び山林)及び金銭債権以外の一切の資産をいい、当該資産には、借家権又は行政官庁の許可、認可、割当て等により発生した事実上の権利も含まれるとされています(所得税基本通達33-1参照)。

     資産の価値の増加益(キャピタル・ゲイン)が生じるようなすべての資産が譲渡所得の基因となる資産に該当すると解されているところ、配偶者居住権は、負担付き所有権と合わせて所有権全体の価額になるものとして評価されるというように、資産の価値の増加益部分を含む評価となる資産であり、かつ、第三者に対する譲渡はできないものの、所有者に対してこれを消滅させて対価を受領する取引がなされることは当然の前提とされているのですから(なお、資産が消滅したことも、「譲渡」の概念に含まれます。所得税法施行令95条参照)、配偶者が、所有者との合意により、配偶者居住権を消滅させてその対価を受領することは、「資産の譲渡」(所得税法33条)に当たるものとして、譲渡所得課税の対象となるべきではないかと考えられます。
     
  2. 一時所得説
     第二に、これとは別の考え方として、配偶者が一時的に受ける所得であるから、一時所得となるという見解があると思います。

     しかし、一時所得は、「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう」(所得税法34条)とされています。

     そうすると、上記事例で配偶者が2000万円を取得することは、配偶者居住権を消滅させることの対価としての性質を有するのであるから、一時所得には該当しないと解すべきように思います。
     
  3. 小括

     大きく考えると、上記のように、配偶者居住権という制度は、使用、収益及び処分を内容とする所有権(民法206条)を、使用、収益権限を有する配偶者居住権と、処分権限を有する負担付き所有権に分解したという見方ができるので、そうならば、その消滅(実質的には譲渡)の対価は譲渡所得と分類するのが実態にあうように考える次第です。
追記(令和2年度税制改正大綱)

 令和元年12月12日に公表された税制改正大綱28頁では,

・以上の譲渡所得説を採用し,

・配偶者の取得費については法改正によって一定額の計上を認める

という方向が示されました。