弁護士による税務紛争対応(再調査の請求・審査請求・税務訴訟,税務調査)
 

〒104-0045
東京都中央区築地1丁目12番22号 コンワビル8階
本間合同法律事務所
弁護士・税理士 坂 田 真 吾

TEL 03-5550-1820

 

分掌変更による役員退職金を分割支給した場合の損金算入時期(東京地裁平成27年2月26日判決)
(h27/5/27更新)

概要
  1.  本件は,いわゆる分掌変更によって役員退職給与を支給する場合に,これを分割して支給し,別の年度の損金として処理することが認められるかが問題となった事案です。納税者が勝訴し,課税庁は控訴せず確定しています。
     
  2.  事案の概要は次のとおりです。

(1)    原告会社Xの創業者Aは,平成19年8月31日,代表取締役を辞任し,以後,非常勤取締役となった。役員報酬は月額87万円から40万円となった。

(2)    Xは,平成19年8月31日,Aに対し,退職慰労金の一部として,7500万円(本件第一金員)を支払い,これを平成19年8月期における損金の額に算入して法人税の確定申告をした。

(3)    Xは,平成20年8月29日,Aに対し,退職慰労金の一部として1億2500万円(本件第二金員)を支払い,これを平成20年8月期における損金の額に算入して法人税の確定申告をした。

(4)    平成22年4月,税務調査が開始され,課税庁は,本件第二金員は退職給与に該当せず,平成20年8月期において損金の額に算入することはできないとして,平成20年8月期に係る法人税の更正処分,過少申告加算税の賦課決定処分,源泉所得税の納税告知処分,不納付加算税の賦課決定処分を行った。

 

役員退職金に係る通達の定め
  1.     法人税基本通達9-2-28では,役員に対する退職金の算入の時期について,原則として退職給与の額が具体的に確定した日の属する事業年度とするとしつつ,例外的に,支払った日の属する事業年度において損金算入した場合にはこれを認めるとしています。

     一方で,分掌変更の場合の退職給与については,同通達9-2-32の注で,原則として未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は含まれないとしており,実際に支払ったものに限られる旨定めています。
     
  2.  そうすると,課税庁としては,当該通達からして,平成19年8月期に実際に支払っていない本件第二金員は,退職金とは認められないと考え,処分に及んだのではないかと推測されます。

 

判決
  1.     東京地裁判決では,まず,最高裁昭和58年9月9日判決を引用し,退職所得の該当性について,次のように基準を定立しています。

      すなわち,(1)退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること(これと同視すべき場合も含め,「退職基因要件」),(2)従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払の性質を有すること(これと同視すべき場合も含め,「労務対価要件」),(3)一時金として支払われること(これと同視すべき場合も含め,「一時金要件」)の要件を備えるか,実質的に見てこれらの要件の要求するところに適合し,課税上,「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とするとしています。
     
  2.  その上で,判決は,本件ではいずれの要件も満たすとしております。

     これに対して,国側は,総会の議事録の作成状況や,供述の変遷等を理由に,原告会社Xの株主総会において,その支給自体や金額及び時期等が決議されたとは認められなどと主張しています。

     しかし,判決が認定した事実関係(当時原告会社が作成した計算書では2億5000万円を分割して3年以内に支給する旨記載されていること,市役所に対して総額2億5000万円の退職慰労金を支給することを前提に総額を計算した上で,現実の支給額に応じて按分計算した住民税及び所得税を納付(源泉徴収)していること等)からすれば,国側の主張はやや無理があったのではないかという印象を受けます。

 

検討
  1.     判決では納税者が勝訴しましたが,翻ってみると,上記の法人税基本通達9-2-32の注でも,「原則として」未払金等に計上した場合の当該未払金等の額は分掌変更の退職金に含まれないとされています。

     ここで「原則として」ということの意味は,課税庁の職員が執筆している「法人税基本通達逐条解説」では次のように説明されています。

     すなわち,「退職給与は,本来「退職に因り」支給されるものであるが,本通達においては引き続き在職する場合の一種の特例として打ち切り支給を認めているものであり,あくまでも法人が分掌変更等により「実際に退職したと同様の事情にあると認められる」役員に対して支給した臨時的な給与を退職給与として認める趣旨である。したがって,本通達の適用により退職給与とされるものは,法人が実際に支払ったものに限られ,未払金等に計上したものは含まれないこととなるのである。ただし,役員退職給与という性格上,その法人の資金繰り等の理由による一時的な未払金等への計上までも排除することは適当ではないことから,「原則として」という文言が付されているものである(このような場合であっても,その未払いの期間が長期にわたったり,長期間の分割支払いとなっているような場合には,本通達の適用がないことは当然であろう)」とされています。
     
  2.  そうすると,必ずしも,分掌変更に係る退職金が,実際に支払ったものに限定されるものとは課税庁も考えておらず,かえって,資金繰り等の理由によっては,現実に支給していなくてもよい場合もあることは前提にされているものと考えられます。
     
  3.  なお,そうであっても,複数の年度にまたがって損金計上することができるのかは問題となりますが,東京地裁判決は本件ではこれを肯定しています(国側は利益調整を意図したものであると主張しましたが,判決では,企業が資金繰りに支障を来さないように役員退職給与を分割支給すること自体は,企業経営上の判断として合理的としています)。

 

留意点
  1.  以上のように,本件では,分掌変更に係る役員退職金の分割支給について,複数の年度における損金算入が認められた訳ですが,あくまでも,当初から,総額や支給時期が決まっていることが前提です。
     
  2.  判決文でも,「なお,あらかじめ退職給与の総額及び分割支給の終期が明確に定められていない場合には,現実に支払われた金員が退職に基因して分割支給されたものであるかどうかの判断は通常困難になるものと解される」とされているので,分割支給は,この判決にかかわらず,慎重に行うべきであって,可能な限り避けた方が無難であるとは言えるでしょう。

      本件でも,資金繰りの余裕のついた年度に一括で支払い,その年度に損金算入していれば,おそらく,課税処分に至らなかったのではないかとも思われます。