競馬の当たり馬券の払戻金が所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとされた事例(最高裁平成27年3月10日判決)
(h27/6/4更新)
概要
既に多数の報道もなされている著名な判例です。
競馬の馬券の払戻金に係る所得が(1)一時所得か雑所得か,(2)雑所得であるとして,外れ馬券の購入代金が必要経費に当たるかが問題となりました。
最高裁の判決文には,事実関係が次のようにまとめられています。
「被告人は,自宅のパソコン等を用いてインターネットを介してチケットレスでの購入が可能で代金及び当たり馬券の払戻金の決済を銀行口座で行えるという日本中央競馬会が提供するサービスを利用し,馬券を自動的に購入できる市販のソフトを使用して馬券を購入していた。被告人は,同ソフトを使用して馬券を購入するに際し,
馬券の購入代金の合計額に対する払戻金の合計額の比率である回収率を高めるように,インターネット上の競馬情報配信サービス等から得られたデータを自らが分析した結果に基づき,同ソフトに条件を設定してこれに合致する馬券を抽出させ,自らが作成した計算式によって購入額を自動的に算出していた
。この方法により,被告人は,毎週土日に開催される中央競馬の全ての競馬場のほとんどのレースについて,
数年以上にわたって大量かつ網羅的に,一日当たり数百万円から数千万円,一年当たり10億円前後の馬券を購入し続けていた。
被告人は,このような購入の態様をとることにより,当たり馬券の発生に関する偶発的要素を可能な限り減殺しようとするとともに,購入した個々の馬券を的中させて払戻金を得ようとするのではなく,長期的に見て,当たり馬券の払戻金の合計額と外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の合計額との差額を利益とすることを意図し,実際に本件の公訴事実とされた平成19年から平成21年までの3年間は,平成19年に約1億円,平成20年に約2600万円,平成21年に約1300万円の利益を上げていた。」
なぜ,一時所得と雑所得の区分が問題になるかというと,一時所得であれば,所得税法34条2項の規定上,「その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため,又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)」しか計算上控除できません。
そうすると,払戻金を得た馬券(当たり馬券)の購入費は控除できますが,外れ馬券の購入代金は,払戻金を生じた行為をするために「直接要した金額」であるとは言えず,控除できないと考えるのが普通です。
したがって,一時所得と雑所得の区分が問題になるのです。
判決
最高裁判決は,一時所得と雑所得の条文の文言をあげた上で,「
所得税法上,営利を目的とする継続的行為から生じた所得は,一時所得ではなく雑所得に区分されるところ,営利を目的とする継続的行為から生じた所得であるか否かは,文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である。
」と判断の指標を提示しました。
そして,あてはめでは,「
被告人が馬券を自動的に購入するソフトを使用して独自の条件設定と計算式に基づいてインターネットを介して長期間にわたり多数回かつ頻繁に個々の馬券の的中に着目しない網羅的な購入をして当たり馬券の払戻金を得ることにより多額の利益を恒常的に上げ,一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するといえるなどの本件事実関係の下では,払戻金は営利を目的とする継続的行為から生じた所得として所得税法上の一時所得ではなく雑所得に当たるとした原判断は正当である。
」としています。
また,雑所得に係る必要経費該当性については,「雑所得については,所得税法37条1項の必要経費に当たる費用は同法35条2項2号により収入金額から控除される。本件においては,外れ馬券を含む一連の馬券の購入が一体の経済活動の実態を有するのであるから,当たり馬券の購入代金の費用だけでなく,外れ馬券を含む全ての馬券の購入代金の費用が当たり馬券の払戻金という収入に対応するということができ,本件外れ馬券の購入代金は同法37条1項の必要経費に当たると解するのが相当である。」としており,所得税法37条1項の「総収入金額に係る売上原価その他当該総収入金額を得るために直接に要した費用の額」(いわゆる直接対応)に当たるとするのか,「その年における販管費,一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」(いわゆる間接対応)に当たるとするのかは,明示していません。
なお,後述の本件の控訴審判決は,当たり馬券だけではなく外れ馬券を含めた全馬券の購入費用と競馬予想ソフトや競馬情報配信サービスの利用料が「直接に要した費用」(所得税法37条1項)に当たるとしています(しかし,私は直接対応ではなく間接対応であると思います。また,高裁判決のように,直接に要した費用といえるとするなら,仮に,一時所得に分類しても,外れ馬券の購入費用等が控除できることにもなり,一時所得か雑所得かを議論する実益が乏しくなります)。
検討(所得源泉性,所得・行為の性質論について)
結論に異論はないのですが,本件では,一時所得の判定の理論付けが,第一審判決,控訴審判決,最高裁で微妙に異なっているのでまとめてみます。
第一審判決(大阪地裁平成25年5月23日判決)では,「一時所得は,一時的かつ偶発的に生じた所得である点にその特色があるといえる。したがって,
所得発生の基盤となる一定の源泉
から繰り返し収得されるものは一時所得ではなく,逆にそのような所得源泉を有しない臨時的な所得は一時所得と解するのが相当である。そして,そのような意味における所得源泉性を認め得るか否かは,当該所得の基礎に源泉性を認めるに足りる程度の継続性,恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。」「一回的な行為として見た場合所得源泉とは認め難いものであっても,
これが強度に連続することによって,その所得が質的に変化して上記の継続性,恒常性を獲得し,所得源泉性を有することとなる場合があることは否定できない
。そして,このような所得源泉性を有するか否かについては,結局,所得発生の蓋然性という観点から所得の基礎となる行為の規模(回数,数量,金額等),態様その他の具体的状況に照らして判断することになる。」と判示しています。
このような,「所得源泉性」という概念は,過去の高裁裁判例(名古屋高裁金沢支部昭和43年2月23日判決)で用いられたものです。当該裁判例では,「所得の基礎が所得源泉になり得ない臨時的,不規則的なものであれば,所得源泉と認められる程度にまで強度に連続するなら格別,たとえこれが若干連続してもその性質は一時所得としての性質に変りはないものであり,前記財団法人X主張の通達はこの趣旨に理解すべきであるが,これに反し,一回的な行為としてみた場合所得源泉とは認め難いものであつても,これが連続して継続的行為となるに及んで所得源泉とみられるに至る場合即ち所得が質的に変化する場合のあることも否定することはできない。」とされていました。
一方で,
控訴審判決(大阪高裁平成26年5月9日判決)では,「所得源泉性」という概念や,一回的な行為として見た場合には所得源泉とは認めがたいものであっても強度に連続することによって所得が質的に変化して所得源泉性を有するといった説明は不明瞭であるとして採用しませんでした
。
その上で,行為の態様,規模その他の具体的状況に照らして,「営利を目的とする継続的行為から生じた所得」かどうかを判断するべきであるとしています。
最高裁では,
国側(本件は刑事事件なので,検察官)は,所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであると主張し,当たり馬券の払戻金が本来は一時的,偶発的な所得であるという性質を有することや,馬券の購入行為が本来は社会通念上一定の所得をもたらすものとはいえない賭博の性質を有することからすると,購入の態様に関する事情にかかわらず,当たり馬券の払戻金は一時所得であるなどと主張しました。
これに対して,最高裁判決は,「所得税法の沿革を見ても,およそ営利を目的とする継続的行為から生じた所得に関し,
所得や行為の本来の性質を本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈がされていたとは認められない
上,いずれの所得区分に該当するかを判断するに当たっては,所得の種類に応じた課税を定めている所得税法の趣旨,目的に照らし,所得及びそれを生じた行為の具体的な態様も考察すべきであるから,当たり馬券の払戻金の本来的な性質が一時的,偶発的な所得であるとの一事から営利を目的とする継続的行為から生じた所得には当たらないと解釈すべきではない。」と検察官主張を排斥しています。
最高裁で議論になった,所得や行為の本来の「性質」という概念によって所得の分類が判定されるべきであるという発想は,所得税の実務ではまま見受けられます。
所得税法の条文としても,「俸給,給料,賃金,歳費,賞与及びこれらの性質を有する給与」(所得税法9条1項8号,28条),「給与その他対価の性質を有するもの」(同13号ニ等),「退職手当,一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与」(30条),「労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないもの」(34条)といった規定があり,解釈論として,所得の分類を判定するに当たってその本来的な性質を勘案するというのは,それなりに根拠があることと思います。
最高裁は,この点,注意深く,「所得や行為の本来の性質を
本質的な考慮要素として判断すべきであるという解釈
がされていたとは認められない」としていますが,逆に,所得や行為の本来の性質が一定の考慮要素にはなるといえるのかという問題には,何ら説示をしていません。
その上で,上記のように,判断の指標としては,「文理に照らし,行為の期間,回数,頻度その他の態様,利益発生の規模,期間その他の状況等の事情を総合考慮して判断するのが相当である」としていますが,結局,本件では,これだけ反復継続して行っていれば一時所得とは常識的に考えられないと言っているに留まるものと考えられます。
個人的にも,この事案の解決のための判断基準の定立としては,「所得源泉性」や,「所得区分の判定において所得や行為の本来の性質をどのように考慮するか」といった議論に入り込む必要は全くないのであり,これでよかったのではないか,と考えます。
今後
ただし,最高裁判決では判断基準がなにも示されていないに等しいので,基準は不明確なままです。
本件を受けて,国税庁は所得税基本通達34-1を改正するとのことですが,ほぼ最高裁の文言どおりのようなので,基準はなお不明確です。
最近でも,東京地裁が,一時所得該当性を否定した判決を出したようです。
新聞報道によれば,「レースごとに個別に予想して購入し,機械的とは言えない」から一時所得であると判断された模様です。
最高裁の事案のように,購入者が作成した計算式によって購入額を自動的に算出していなければならないのかどうか,今後も争われるでしょう。
個人的な予想ですが,将来的には,宝くじと同じように,競馬の払戻金も所得税法上非課税となり,その分だけ国等の収益金を増やす(実質的には一律に源泉徴収するのと同じ)ように法改正がなされるのではないか,と思います。
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